忍者タタン、狼男の咎
タタンは神妙な面持ちで、ランに付いていくことにした。
もう様々なことがバレてしまっているので、姿を隠す必要もない。
平静を装うタタンの肌は忍び装束の下で粟立っていた。
ランの瞳に深淵、すなわち過去すら覗かれたような気がしたからだ。
――タタンは東方の島国にある忍者の里で生まれた。
その忍者の流派は国でも最大級の規模で、将軍から直々に任務を仰せつかることも多かった。
タタンはそこで頭角を現し、最年少で上忍資格を取るという偉業を達成した。
眉目秀麗で許嫁もおり、実力もトップクラスだったために将来の里の長を期待されるほどだった。
――しかし、タタンには秘密があった。
『お、狼男……なんて醜い姿なの……』
異邦人であった母に混じっていた血――ウェアウルフ。
タタンにもそれが受け継がれていた。
両親以外は知らない秘密だったが許嫁にバレてしまった。
彼女なら受け入れてくれるだろうと思っていたが、現実はそうではなかった。
密告され、里を追われることになる。
抜け忍となったタタンは国外――フォンテーヌ王国まで逃げ出し、エクレール王子に拾われた。
諜報や暗殺など薄暗い闇の仕事を任されたが、恩義を返すために誠心誠意尽くした。
そして――今回の聖女ラン・グ・シャゾンの諜報任務を行ったのだが。
(気配を完全に消して、風下にいたのに……なぜ馬如きにバレた!?)
忍者の里で最高位である〝飛影〟の称号を得たタタンですら、その事態には驚愕していた。
人間や、それより感覚の鋭い動物相手でも絶対の自信を持っていたのだ。
だが、想定外なことにランのテイムスキルで強化された元ただの馬――ユニコーンは第六の感覚ともいえるモノを持っていた。
それは〝処女かどうか〟というのを見極める神話級の判定装置。
人間程度では誤魔化しきれない神の領域なのだ。
誰かが近付けば、当然の如く処女かどうかを判定して、ついでに居場所もバレる。
(しくじったが、まだチャンスはあるはずだ……。気絶したフリをして……隙を見て脱出を……)
『もしかしたらクマでも出るかもだから、タタンが起きるまで守ってあげてね』
『ヒヒィ~ン』
(くっ、逃げられない!? しかも、拙者の名前を知っているだと……。もしかして、行動を読まれていて……いや、まさかな……)
タタンはしばらくユニコーンから監視されていたが、非常に強い殺気を感じて生きた心地がしなかった。
それはすべての男に向けられるモノだったが、タタンは特別警戒されていると勘違いすることになる。
脂汗すら必死にコントロールしていたところ、再びランがやってきた。
『さてと、こっちは……本当は起きてるんでしょう? 飛影タタン』
『な、なぜバレた!?』
このとき、タタンはハッと気が付いた。
聖女ラン・グ・シャゾンはすべてお見通しだったのだと。
拙者はなんと滑稽な猿芝居をしていたのだ……と開き直る。
無言のランは生殺与奪を握る圧倒的な立場をわきまえさせるかのように、表情を固めている。まるで歴戦の戦国大名だ。
『沈黙が答えか……。ふん、いいだろう。拙者は何も喋らん、殺るなら殺れ』
『あなたの主であるエクレール様には黙っていましょう。私はあなたに対して何もする気はありません』
再びタタンは驚かされた。
自らの名前や行動だけではなく、その主の名前まで筒抜けだったのだ。
すべてをコントロールされている。
猿芝居どころか、滑稽すぎる道化芝居。
何もかもが底知れぬ聖女の手のひらの上だ。
『……何が望みだ』
『えっ? 望みって……特にないですけど』
『隠しても無駄だ。お主ほどの者が、拙者を見逃すというのだ。何かあるのだろう』
『強いて言えば、モフモフ王国を作るくらいですかね』
『も、モフモフ王国? なんだそれは』
『えーっと、毛並みの良い感じの子たちと一緒に過ごしたいな~という、割とどこにでもありふれたような願望です』
タタンはその場で崩れ落ちそうになった。
毛並みの良い感じの子――それすなわち狼男のタタンを指し示しているのだろう。
そういう呪われた者たちと一緒に過ごせる国を作るという信じられない構想を、こともあろうに〝ありふれた願望〟だと言い切ったのだ。
大きすぎる器を感じ取ったものの、同時に信頼していた許嫁に裏切られた苦い経験が針のように刺さっていて疼く。
たとえこれほどの相手に〝新たに興す国の民になれ〟と寝返りを提案されようとも、すんなりと頷くことはできない。
『そういうことか……。しかし、拙者はエクレール様への恩義もある。そう簡単に寝返ったりはせんぞ』
『はい?』
『ふんっ、お主のことを見極めさせてもらおう。聖女ラン・グ・シャゾン』
タタンはそれを思い出しながら、森を歩くランの横に付き添っている。
遠くから見ていたときも思ったが、やはりどこからどう見ても普通の少女だ。
「ん? どうかしたの?」
「い、いや……何でもない……」
隙だらけで、暗殺任務ならいくらでもチャンスがありそうだ。
だがしかし、それが狙いなのだろう。
油断させたところで、あの謎の感知能力や人心掌握を使って
「……聖女ラン・グ・シャゾン。拙者はお主以上に恐ろしい奴を見たことがない」
「へ?」
ランは不思議そうな表情で、マヌケにキョトンとしていた。
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