聖女ハウスを作ろう

 なぜランの家を作ることを優先させたのか?

 それは、聖女としてのランが〝ダンジョンを見張って魔王の復活を抑える〟というテキトーな目的をエクレールに告げてしまったためである。

 そのため、表向きには敵対しているダンジョンの中で寝泊まりはできない。

 というわけでダンジョンの外に家を作って、そこに住まなければ辻褄が合わなくなるのだ。


(魔王を演じるのも一苦労だけど、か弱い聖女様も大変だわ~……)


 ランは新鮮な森の空気を吸い込むも、気苦労で溜め息として吐き出してしまう。

 ダンジョンの外は自然が豊富で、木の実や山菜などを摘んで食料をまかなえるかもしれない。

 近くに川も流れていたので、現代人のランでも頑張れば何とかなりそうだ。

 結構、いい環境かもしれないと思ったのもつかの間。

 爽やかな風景は崩れ去る。


「どりゃっ!」


 パンクラが全長十メートルの大木に鯖折りベアハッグするような格好で腕を回し、根っこの土ごと一気に引き抜いた。

 枝が大きく揺れて、留まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。

 絶対に人間ではできない力業である。

 その横で――


「んっ」


 イコールルがスキルで伸ばしたらしい爪を振るい、ダイコンでも切るようにスパスパと木をスライスしていっている。

 人間の形をした重機が二台あるようなものだ。

 それを横目に、ディーテフロンが魔法を使って加工――木材にしている。


「乾燥させたあとに火、水などの対属性。それに蚊などが入ってこないように虫除けも付与しておくのです」


「あ、ありがとう……」


 人外たちの途方もないパワーに圧倒されるも、それを表情に出していけない罰ゲームじみた空間だ。

 なぜかランが『ありがとう』と一言告げただけで、三体は顔を見合わせたあとに五倍くらいのスピードで働き始めた。

 山が死ぬのではないかと心配になる。


「え、ええと……人間に見られないようにね……」


「「「はい、ヘルベルト様!!」」」


 我先に返事をしたいがために、声がハモっている。

 少し引きながら、ランは注意をした。


「外ではランと呼ぶように。私も……私も聖女っぽい口調にしますので」


「……!?」


 急に敬語になったランを見て、ゲートキーパーたちは錆び付いたように動きを止めた。

 あり得ない主の言葉遣いにバグったのである。


(あれぇ~……。なんだこの反応。マズったかな……)


 その場を誤魔化すためにランは回れ右をして、まだ気絶しているはずのタタンの方へ移動したのであった。




 倒れているタタンと、それを不機嫌そうに守護しているユニコーンが見えてきた。

 言うことを守ってくれていたユニコーンに対して、ランはテイマーとしての自信と感謝の気持ちが溢れてくる。


「ありがとう、ユニコーン」


 ランはユニコーンをいたわるために身体を撫でてやった。

 純白の馬体は一見スリムに見えるが、近付いて見ると逞しい筋肉の隆起がわかり、触ってみると体温が高く、野性を感じる堅さだ。

 たてがみはフワッとしているが、指で流してやるとしなるような丈夫さもある。

 求めていたモフモフイメージとは少し違うが不思議な感触。

 そして、一番の特徴である一本角はというと――


「……メッチャ光ってる」


 ランが身体を撫でてやった直後からこうなのである。

 機嫌が良いと光るのだろうか?

 何かビームでも出たら怖いので触れずにスルーした。

 もっと構ってという雰囲気のユニコーンを振り払い、気絶しているタタンへ視線をやった。


「さてと、こっちは……本当は起きてるんでしょう? 飛影タタン」


 ランは余裕ある笑みを浮かべて、そう言った。

 まるで『すべてお見通し』という感じだ。

 しかし、当然のようにハッタリである。

 ゲーム中で気絶したフリをしていたタタンを見破るシーンがあったので、ちょっと真似して格好良い感じで言ってみたかっただけなのだ。

 そんなことはないだろうと思いつつも、チャンスがあればというお茶目心だ。


(ふふ……人生、一度はこういうセリフを言ってみたいものよね。お前の考えはお見通しだ! とかも言ってみたいセリフの上位に入るわ。いつか言ってみ――)


「な、なぜバレた!?」


(起きてたぁ!?)


 突然、驚きながらも立ち上がったタタンを見て、ランも内心では飛び上がりそうなほどに驚いていた。

 下手なホラーより心臓がバクバクである。

 表情は固まり、心を落ち着けるために何も喋れない。


「沈黙が答えか……。ふん、いいだろう。拙者は何も喋らん、殺るなら殺れ」


 よくわからないけど物騒な方向に勘違いされているなと察したランは、何とか誤解を解こうと行動する。


「あなたの主であるエクレール様には黙っていましょう。私はあなたに対して何もする気はありません」


「なっ!?」


 タタンは驚愕に目を見開いたが、一瞬で呼吸を整えて冷静な表情に戻った。


「……何が望みだ」


「えっ? 望みって……特にないですけど」


「隠しても無駄だ。お主ほどの者が、拙者を見逃すというのだ。何かあるのだろう」


 お主ほどの者――とか言われてもよくわからないランだったが、そういえば望みはあったなと思い出した。


「強いて言えば、モフモフ王国を作るくらいですかね」


「も、モフモフ王国? なんだそれは」


「えーっと、毛並みの良い感じの子たちと一緒に過ごしたいな~という、割とどこにでもありふれたような願望です」


 そう告げると、タタンは鬼のような形相で睨み付けてきた。

 まったくもって意味がわからない。


「そういうことか……。しかし、拙者はエクレール様への恩義もある。そう簡単に寝返ったりはせんぞ」


「はい?」


「ふんっ、お主のことを見極めさせてもらおう。聖女ラン・グ・シャゾン」


 タタンは強張っていた表情を緩めた。

 本当にワケがわからないが、どうやら敵対することは避けられたようだ。

 ランはホッと一安心した。

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