爆弾が追いかけてきた

「たは~~~~……。魔王っぽく振る舞うのメッチャ疲れるぅ~……」


 ランは飲料水の入った樽に腰掛けながら、軟体生物のようにグダ~っと力を抜いた。

 ここはダンジョンの入り口、時間帯は朝である。

 昨日、必死にゲートキーパーに人間の身体のことを説明したところだ。

 もちろん、本当のことを話すと魔王として認められるか怪しかったので、色々と脚色しながら。

 人間の聖女として生活しているのは世界を裏側から支配するため――とか、その場のノリでテキトーに言ってみた。

 すると、


『なんでそんな回りくどいことをするんだ? 力だけでも強引にいけるぜ? なぁ、なんでだ? なぁ?』


 ――と脳筋のパンクラにグイグイ聞かれたときは、ランは思わせぶりな笑みを浮かべながら硬直するだけだった。

 しかし、参謀のディーテフロンが、


『なるほどです。まだどんな強敵がいるかわからない未知数な異世界を調べつつ、聖女の顔を利用して裏側から支配することによって、安全かつ無傷のまま国々を手中に収めようというのですね。さすがヘルベルト様なのです』


 とか勝手に解釈してくれたので、そうだったのかと思いながらニヤリと微笑を見せた。

 イコールルだけは、なぜかジッと見詰めてきていた。

 きっと何か気が付いているに違いないとガクブルしそうになったが堪えた。


 そんなこんなで、ひとまずは破滅フラグを回避。

 破滅フラグというより即死コースともいう。

 あとは当面生きるために必要なパンと水を少量のDPで作り、朝ご飯を食べて、ダンジョンの入り口で一息吐いているというところだ。


「は~……、疲れた。だけど、お城から乗り物で数時間も移動したから、もう爆弾イケメンの追っ手はこないはず。そっちは一安心ね……」


 ホッとした、そのとき――


「やぁ、聖女ラン様。やっと見つけたよ」


「……は? エクレール様!?」


 突然のこと過ぎて、ランは理解が追いつかなかった。

 死角から耳元に声を掛けてきたのは、フォンテーヌ王国の第一王子であるエクレール・ロシド・エーア・フォンテーヌだ。

 エクレールは王家の威厳を示す雷光のような黄金の髪をしていて、スラリとしつつも男性的な身体を白を基調とした服に包み、見る者を魅了する甘いマスクで爽やかに微笑んでいる。

 装飾品は魔力を込めたゴールドと黄水晶シトリンを付けているが下品ではなく、宝石よりも美しい王子の添え物として機能しているようだ。

 そんな彼が城で会ってから一日ぶりに、気品溢れる仕草と表情で近付いてきた。


「あ、あの……エクレール様はどうしてここにいらっしゃるのですか?」


 当然のことながら王子は目上の存在なので、ランは猫を被った敬語で話しかけている。

 ちなみに国教的な意味では聖女の方が上ということになるので、お互いが様付けだ。


「どうしてって……愛しい聖女ラン様が城から消えたことをわたしは悲しんだ。そして、完全に記憶している香り・・足跡・・毛髪・・の痕跡でここまで追ってきたんだよ」


 ランは思い出した。

 この王子は、イケメンなのにどうしてか気持ち悪いのだ。

 病的というか、ストーカーじみた好意を寄せてきている。


「あはは、冗談だよ、冗談。本当は貴女を乗せた馬車の目撃情報があって、その方面を探していたら昨日の落雷があってね。心配して、ここまで見に来てみたんだ」


「なるほど……」


「ケガはないかい?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 それでも紳士的に身体のことを気遣ってくれるので、一応は精神的にもイケメンなのだろう。


「それにしても凄い雷だったね。あそこまで一極集中していると、何か邪悪な意思すら感じられたよ」


 すみません、それ私です。とランは内心謝った。

 もう絶対面倒なことになりそうなので今すぐに逃げ出したかった。


「ラン様が『魔王が復活した』と告げたあと、城からいなくなってしまった理由を聞きたいところだけれども……その前にここからすぐに離れた方がいいね」


 王子は何かを感じ取ったのか、ダンジョンの奥を鋭い目付きで睨んでいる。


「この世界全ての悪意を煮詰めたかのような禍々しい魔力……もしかしたら、このダンジョンは魔王が作ったのかもしれない」


(うっわ、すっごい勘が鋭い……)


「さぁ、一刻も早くここから離れて城に戻ろう」


 王子に引っ張られたが、ランはその場を動かなかった。

 城に戻れば五股の爆弾が爆発して破滅フラグ一直線だからである。


「どうして、そこまでして城に戻らな――もしや!? 魔王は……」


 鬼気迫る表情のランを見た王子は、何かを察した。

 色々とバレたのではとランは気が気でない。


「魔王はここにいて、それをラン様が聖女の力で封印しているのか!?」


「………………………………はい、実はそうなんです」


 思わぬ勘違いのされ方に、ランはチャンスとばかりに首肯する。

 全力で言い訳を考える表情は、俯いていたこともあり悲壮感が出ていた。


「き、キミは自らの身を犠牲にしてまで……!? 誰にも知らせずにここまでやってきたのは、全人類でも対抗できないくらいに強くて卑劣な最低最悪の魔王だからなんだね……」


「ん、んんッ!?」


「何も言わなくてもいい。その表情を見れば、さすがにわたしとて……わかるさ……」


 勝手にわかられてしまった。

 もしかして王子はランのことになると盲目になるのかもしれない。

 元々、五股をかけられるような相手だ。


「聖女ラン様。やはり貴女は聖女の中の聖女。この第一王子たるわたしが真にパートナーに選んだ相手だね……。わかった、このことは二人だけの秘密にして何も見なかったことにする。だから、また明日会いに行――」


 それは面倒くさいとランは困惑した。


「あ、ちょっと待ってください。何か魔王っぽい魔力が付近に漂っていて聖女以外だとアレです、きついっぽい? 的な感じで体調が悪くなるかもしれないので。というわけで……さようなら、もう二度と会うこともないでしょう」


「そうか、残念だよ……。では、二日に一回会いに――」


「ご遠慮ください」


「三日に一回」


(メチャクチャ粘るな、エクレール)


 それから数分後、『たまに会いに来る』というところまで譲歩したのであった。

 無駄に疲れたランは、ふと疑問が浮かんだ。


「エクレール様、ここから城までの距離ってかなり遠いと思うのですが、大変じゃないですか?」


「え、すごく近いよ?」


 そんなはずは――とランは一瞬思ったが、そもそも現代と常識がずれていることに気が付いた。

 ランは車や電車で数時間揺られた感覚だったのだが、ただの馬車――しかも山道だったので城から全然移動していなかったのだ。


「城の裏山だから、見つけるのは少し苦労したけどね」


(城の裏山!? 小学生の冒険くらいの距離か!?)


 ランは自分のバカさ加減を突っ込みたくなった。

 エクレールはそんなランを見て、爽やかな微笑みを浮かべた。

 白く輝く歯を見せていて、背景に花が飛んでいそうなくらい眩しい。


「それじゃあ、ランの献身を無駄にするわけにもいかない。わたしは城で無事を祈るとするよ。それと――ランを守ってくれるナイト君もいるようだしね」


 王子は、近付いてきたユニコーンにも爽やかな微笑みを向けた。


『ヒヒィィィンッ!! ブルルルッ!』


 ユニコーンは空気を読まず、口から涎をシャワーのように噴射させて王子の顔面を汚した。


(そういえば、ユニコーンって処女以外――つまり男も嫌いなんだっけ……)


 しかし、そこは一国の王子。

 爽やかな笑顔を崩さず、刺繍入りのハンカチを取り出し――なぜかそれをしまってから袖で顔を拭い、華麗に去って行った。

 ランは脱力して、やっと一息吐く。


「ふー、何も不審がられずに済んだ。これで王子もこちらを気にかけないだろうし、聖女の隠居生活がスタートできるわ!」

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