個性的過ぎるゲートキーパーたち

「さてと、こんなところで野宿したら風邪をひいちゃいそうだし、DPでダンジョンを作らなきゃ」


 基本的にDPを使えば、ダンジョンに関する様々なことができる。

 最初にダンジョン建設で500DPを消費すると、待ち時間0で地下五階層分のダンジョンを作れる。

 待ち時間0というのはチュートリアル的な初回特典だ。

 次にダンジョンの階層を増やすときは結構な時間がかかってしまう。

 それからダンジョンに次の階への階段を守るボスモンスター――ゲートキーパーを購入しなければならない。


「んー。でも、寝泊まりするだけだから、モンスターはいらないか。万が一、襲われたら怖いし。DPを使ってダンジョン建設っと――」


 ランは目の前の透明ウインドウをポチポチ操作すると、ダンジョンを出現させた。

 基本的にダンジョンは地下にできるため、地上に見えるのは入り口だけだ。

 だが、もし森の中に突然、地下への大きな入り口が広がっていくのを見られたらマズかったかもしれない。

 今が人のいない夜でよかったとホッとする。


「残りは501DPか~。たしかパンと水くらいはDPで買えたと思うから、しばらくはそれで――って、あれ?」


 石造りの頑丈なダンジョン入り口から、予期せぬ人影が現れた。

 その数は三人――いや、三体・・だ。

 それらは人のカタチをしていたが、人ではない。

 異様な気配を漂わせながら、ランを値踏みするように観察してきていた。


「この場にダンジョンを設置したので魔王ヘルベルト様かと思ったら……。誰ですか、この人間は?」


 最初に口を開いたのはモデル顔負けの体型をした女吸血鬼だ。

 金糸のような長く美しい髪をしていて、黒い霧を集めたかのごとく不思議な質感のタイトドレスを身に纏っている。

 コウモリモチーフの髪飾りを、細くしなやかな指でいじりながら、狂気秘めたる赤い眼を不機嫌そうに細める。

 ゲームのキャラなので当たり前だが、現実離れした美麗なビジュアルだ。

 だが、それとは対照的に表情と声は、古井戸の底のように暗く冷たい。


「えっと、その姿は……吸血姫イコールル」


「な、なぜ妾の名前を!?」


 ランに名前を言い当てられた女吸血鬼――イコールルは驚いていた。

 それと同時にランも内心驚いていた。

 転生前にプレイしていた魔王になれるダンジョン運営ゲーム〝無限迷宮リバベール5〟のキャラが目の前に現れたからだ。


(もしかして、乙女ゲーみたいに現実になって……。たしか、こっちは一週目クリアして引き継ぎデータを作った直後だったっけ)


 つまり、チュートリアルでダンジョンを作ったら、引き継いだキャラ――ゲートキーパー三体が出現したということである。

 しかし、どうやら彼女たち三体はランを魔王と認識していない。

 なぜだろう? とランは首を傾げる。

 そんな中、一人が話に割り込んできた。


「おいおい、イコールル。何を驚いてんだぜ? オレたちは一度天下を取ったんだ。それくらい名を知られているってことじゃねーのか」


「なるほど……。たしかに魔王ヘルベルト様の御名が世界に轟いていてもおかしくはありません。貴女にしては珍しくまともな意見です。パンクラ」


「大鉄拳パンクラ……」


 ランは思わず呟いてしまった。

 目の前の褐色の女傑――パンクラ。

 ブロック状に割れた腹筋、膨れあがった大胸筋、パンパンに張っている太股。

 神に愛されし筋肉の化身といっても過言ではないだろう。

 服の布地も筋肉をアピールするために簡素なシャツとホットパンツだけだ。


 だが、パンクラの特徴はそれだけではない。

 両腕を包み込むように装備された異常な大きさのガントレットが、人間としてのシルエットを崩している。

 重さは数百キロ以上ありそうで、歩く度にズシンズシンと音がする。

 短めにカットされたオレンジ色の癖っ毛、その下の表情はどこか人懐っこそうだ。


「おぉ? オレの名前を知ってるのかよ。いや~、有名になっちまったなぁ、人間の小娘にまで名前が広まってこそばゆいぜ。名前を知っているってことはもう知り合いみたいなもんだ。喜びな、オレが楽に殴り殺してやるぜ!」


「えっ、こっちでも私は破滅しちゃうの!?」


 ランは自分の不幸体質を呪った。

 しかし、そこで理知的な声が止めに入る。


「ちょっと待つのです、脳筋女パンクラ」


「あぁん? なんだよ、ディーテフロン」


 パンクラを止めたのは、三人組の最後の一人である幼女――淫魔ディーテフロン。

 淫魔といえばボンキュッボンのお姉さんをイメージするが、ディーテフロンは違う。

 可愛らしい寸胴体型で、白衣の上に茶色いコートを羽織っている。

 頭には学者が被るような四角い紐付き黒帽子だ。

 全体的に理知的な雰囲気が漂う。

 彼女はモノクルをクイッと直しながら呟く。


「周囲を見てください。ここ、元の世界じゃないのです。……推測するに異世界」


「あぁん……? たしかに、こんな山ンの中にダンジョンはなかったな。でも、だからって異世界なワケねーだろう? 勉強しすぎてバカになっちまったかぁ!?」


「パンクラのようなバカにはわからないと思いますが、勉強すると当然の如く頭がよくなり知識が蓄えられるのですよ。無駄なことを突っ込ませないでください。さて、ボクが言いたいのは現地人少女の横にいるユニコーン――あんなものは地上にいませんですよ」


「……おぉ、本当だ。よく見るとただの馬じゃなくてユニコーン。初めて見たぜ」


 ユニコーンも元からいたわけではなく、ランがただの馬を進化させてしまったものだが、そこは指摘しないでおいた。


「ええ、はい、だから待つのですと制止しました。現地人少女を殺してはなりません。何か情報が得られるかもです」


 ランはホッとした。


「手脚をへし折って動けなくして、洗脳してから異世界の情報を引き出しましょう」


「おっけー♪」


「えぇっ!?」


 ランからしたらオッケーではない。

 手脚をへし折って洗脳とか物騒すぎる。

 そこで思い出した。

 この元のゲームは、魔族側の倫理観で人間冒険者をダンジョンで返り討ちにする内容なのだ。

 そのため、人間に対しての認識がDP稼ぎの餌という感じだ。

 きっと、虫けらを扱うようなイメージなのだろう。

 ランは必死に抗議をすることにした。


「ちょ、ちょっと待ってよ。私が魔王なの。魔王ヘルベルトなの!」


 聖女の力で魔王判定が出ているし、ゲーム内で魔王ヘルベルトを使ってゲートキーパーたちを従えていたので間違いない。

〝ヘルベルト〟と厨二病なプレイヤーネームを付けたのもランだ。

 しかし、先ほどのランの言葉が三体のゲートキーパーたちを激怒させてしまう。


「……言って良いことと悪いことがあります」


「人間風情が……オレたちの魔王ヘルベルト様を騙るたぁ良い度胸じゃねーか……」


「落ち着いて。冷静になってください。……殺してから、アンデッドにして情報を引き出すことにしましょう。頭部以外はグッチャングッチャンのメッタメタに潰すことを許可するのです」


(なぜか信じてくれないっ!? えーっと、何か本人だと証明する方法は――)


 そうやって必死に思考を働かせようとしたが、相手は待ってくれないようだ。

 パンクラが大きすぎる腕を振り上げ、ランに叩き付けようとしてきていた。


「ミンチになりやがれ!」


「あわわ、ハンバーグの材料になりたくなーい!?」


 あわや明日のお夕飯に並んでしまう運命かと思われたが、そうはならなかった。

 ユニコーンが間一髪の所で、角を使ってパンクラの拳をはじき返していたのだ。

 角と金属がぶつかる硬質な音が、暗き森に響き渡る。


「なっ!? この馬、オレの自慢の拳を!? ありえねぇ、レベル999ゲートキーパーの一撃だぞ!?」


「た、助かった……ありがとう。ユニコーン」


『ヒヒィーン!』


 ランに頬ずりをする嬉しそうなユニコーン。

 その姿を見て、参謀であるディーテフロンはハッと気が付いた。


「モンスターを従えるその姿……もしかして……本当に……」


「いや、元はただの馬だし、たぶんモンスターじゃな――」


「魔族を統べる者、魔王ヘルベルト様……!?」


 ランのツッコミはスルーされていた。

 急激にディーテフロンからの敵意が消えていくように感じられた。

 イコールルも中立を保つように観察眼を働かせている。

 だが、パンクラだけは頭に血が上ったままなのか、まだファイティングポーズを崩そうとはしない。


「こんな弱っちそうなチビ女が、あのメチャクチャ強くて逞しくて、オレたちが唯一認めた男――魔王ヘルベルト様なワケねーだろう!?」


「あ、なんで私がヘルベルトだと思われないのが不思議だったけど、そもそも性別が違ったんだ」


 このゲーム〝無限迷宮リバベール5〟は、乙女ゲーとは逆ベクトルの男性向けだ。

 プレイヤーのヘルベルトは男で、ゲートキーパーたちは異形と少数の女性キャラ。

 ネタプレイでは女性キャラオンリーだったので、もはやハーレムものと言っても過言ではない。

 それなのに聖女の姿をしたランが、自分をヘルベルトと言い張るのもおかしく思われるだろう。


(何とかして魔王だと証明しなきゃ殺されちゃうな~……。お城では逆に魔王とわかったら殺されるところだったのに……皮肉な話だよ。まったく)


 しかし、ランはそれでも魔王だと証明するしかなかった。

 聖女の力を弱めて、自らの内に存在している魔王の力を引き出そうとしたら、それは呆気なく叶った。

 演出のようなタイミングで暗雲が垂れ込め、稲光が落ちて樹木が燃え上がり、赤々とした炎がランを不気味に照らし出す。


「そ、その溢れる邪悪な魔力は……魔王ヘルベルト様!?」


「うむ、如何にも」


(うわ、『うむ、如何にも』とか格好付けながら……つい返事をしちゃった。でも、ここで魔王っぽくして認められないと殺されちゃうから仕方がないよね。……それっぽく演技するの恥ずかしいけど。あと雷ビビった。燃えてる樹が焦げ臭い。ああもう、話し終わったら消火もしないと)


 ランの基本的な姿はそのままだが、魔王の力によって細部が変化していた。

 宝石のような美しい眼は爛々と輝く金と紫のオッドアイ。

 服はファーの付いた漆黒のガウン、マントの裏地は血の色をしている。

 闇の魔力に包まれていて、その表情は遠目からではうかがい知れない。


「――私は魔王ヘルベルト。この世を支配する唯一絶対の存在なり……!」


 三体のゲートキーパーは瞬時に跪いた。

 膝に土が付こうと構わない。

 それは当然のことで、むしろ忠誠を誓う主人のためにとった行動で汚れるのなら歓喜に打ち震えるべきである。


「魔王様、発言をお許しくださいませ」


「許そう、吸血姫イコールル」


「数々のご無礼、大変申し訳ございません。申し開きも出来ぬ故、ゲートキーパー三体の死を以て償わせていただきたく……」


(えっ!? そんなに重く考えてるの!? ゲーム内だとゲートキーパーたちと敵対することがなかったからなぁ……実は大変なことだったのか……)


 ランは素の震え上がりそうな表情や声を出さないように必死に抑えながら、そびえ立つ山岳のような堂々とした態度で答える。


「ならん! お前たちは私のダンジョンに欠かせぬゲートキーパーだ……。その身体、我が魔王の身と同じくらい大切と知るがいい」


「ヘルベルト様! そのような有り難き御言葉を……!!」


「その優しさ、やはりヘルベルト様なのです!」


「殴りかかっちまったのに、それを許してくれるヘルベルト様は漢の中の漢だぜ……! って、今は女か……?」


 イコールル、ディーテフロン、パンクラは口々に述べるが、そんな態度を取られても困るランであった。

 とりあえず、目の前の危機は去った。

 しかし、ここから上手く説明しないと、またいつ破滅フラグを踏み抜いてしまうかわからない。


「実は私が人間の女の身体になっているのは、深い理由があってだな――」


 ここから即興で考えることが多すぎて、頭がパンクしそうになっていた。



――――


あとがき



面白い!

続きが気になる……。

作者がんばれー。

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