第12話 異世界への侵攻
雪女のくノ一ふぶきが、仕えている城主の
烈火とふぶきの前に突き出されたのは、普通の人間のようだった。
頭に獣の耳もなく、毛皮を身にまとっているわけでもなく、角も翼も生えていない。
「ふむ……見たところ人間族か……
「と、徳光……? って、なんですか……?」
捕まった青年は、怯えた様子でビクビクと忙しなく目を動かしている。
「ケモ耳生えてるしなんだこの人たち……ドッキリ? ねえ、これドッキリなんですよね?」
人間の青年は獣の耳の生えていないふぶきに向かって話しかける。
「……? ドッキリ、とは」
「ど、どうせこれカメラ回ってるんでしょ? もうネタバレしてもいいですよ~……なんて……」
「……烈火様、この人挙動不審すぎません?」
「ますます怪しいな……記憶が混濁しているのか?」
青年の言う訳の分からない台詞に、ふぶきと烈火はヒソヒソと言葉を交わす。
「小僧、貴様どこから来たのだ」
「ど、どこって東京ですけど……」
「とうきょう……? 聞いた事のない国だな。どこかの田舎か?」
「は!? 東京を田舎って、何言ってるんスか!? 日本の首都ですよ!? 一億人以上の人間が住んでる大都市! お兄さん達、やっぱりなんかおかしいですよ!」
「日本の首都……?」
「い、一億人ですか……!? ひとつの国にそれだけいたら裏日本の乱世なんてすぐ終わる人数ですよ……!?」
ふぶきと烈火も混乱してきた。
「へ? 裏……日本? なんスかそれ?」
青年もキョトンと目を点にしている。話が噛み合わない。
「……まさかとは思うが……もしや貴様、『表日本』から来たマレビトでは?」
「お、表日本って……アレは
「しかしそうでもないとこの小僧の言っている訳の分からん話に説明がつかん」
「日本に表とか裏とかあるんスか?」
「あなたは少し黙っててください! 余計混乱する!」
ふぶきの叱責に、「す、すんません」と青年は縮こまる。
「…………ふむ」
少し落ち着いたところで、烈火は何やら考え込む。
「小僧、訊かれたことだけ答えろ。貴様はどうやってこの裏日本に来た?」
「どうやって、って……俺もよくわかんないッスよ。気がついたら森で倒れてて、ケモ耳ついた男たちに囲まれて、ここに連れてこられて……」
青年は烈火の尋問に困ったような顔をする。
「……あ、でも意識を失う前に、穴に落ちたんだ。工事中のマンホールの蓋が開いてたのに気付かなくて……」
「まんほーる……?」
「ほら、あの下水道の出入口みたいなやつ……ってお兄さん達、マンホールも知らないんスか?」
「……ふむ、まんほーるとやらはよくわからんが、とにかくこの小僧が倒れていたという森に行ってみよう」
「烈火様自らですか? 調査なら私が――」
申し出るふぶきの言葉を、烈火は手で遮った。
「俺の目で直接確かめたいのだ。当然、護衛として貴様もついてくることになるが」
そうして、人間の青年を城で保護した烈火は、ふぶきと数人の人狼族の護衛を連れて、青年が見つかったという森にやってきた。
「――これは……」
森の神樹と呼ばれている高齢の大きな木の幹にある空洞に、空間の
「間違いない、あの小僧はここから裏日本に渡ってきた、異世界の人間だ」
「例の『表日本』かもしれない、と?」
「……面白くなってきたな。急ぎ準備を整え、またこの森に来よう」
この世界――裏日本は、『魔王』
ならばと烈火が打ち出した策が、そもそも魔王のいない土地――表日本への侵攻である。
今まで見つかった表日本からのマレビトと思われる人間たちは、みな無属性の貧弱な、何の技も持たない平凡な者たちだった。それならば裏日本を統一しようと躍起になるよりも、表日本を侵略したほうが何倍も楽で早い、と判断したのである。
人狼族は他の国が空間の歪みに気付く前に、水面下で静かに素早く侵攻の準備を整えた。
ふぶきはもちろん烈火についていくつもりである。
極秘任務のため、知り合いや友人に挨拶もできないのが心残りではあったが、なるべく考えないようにテキパキと準備を進めていった。
そして、日輪国の明王院軍とふぶき、そして人狼族のうち表日本への移住を望む者たちを率いて、烈火は森の神樹のもとへと向かった。
「いざ、表日本への進軍を開始する。皆の者、神樹の
烈火が号令をかけると、人狼の兵士たちは足並みを揃えて神樹の洞へと入っていった。空間の歪みをくぐり抜けていく。どうやら表日本への道は正常に機能しているらしい。
「…………ふぶき。裏日本に残るなら今のうちだぞ」
烈火に不意にそう声を掛けられ、ふぶきは思わず烈火の顔を見た。
「……今更後戻りは出来ないでしょう。それに、未来の旦那様と離れ離れになったらお世継ぎは誰が産むのです?」
悪戯っぽく笑ってそう返してやると、烈火は――フッと、優しく微笑んだのである。
しかしそれも一瞬のことで、また無表情に戻ってしまう。
「……フン。表日本へ渡れば二度と裏日本へは戻って来れないかもしれないというのに、家族への別れの挨拶も済ませておらぬのだろう」
「極秘任務ですからね。それに、既に覚悟はしております。……さあ、我らも参りましょう」
裏日本への未練を振り切るように、ふぶきは烈火の手を取って、共に神樹の洞をくぐったのであった。
〈続く〉
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