第10話 明王院烈火のお見合い大作戦
それは、ふぶきが各国の忍者同士の情報交換会に参加した時のことである。
情報交換会とは言っても、流石に自分の所属する城の機密をペラペラ喋る訳では無い。当たり障りのない井戸端会議や交流会みたいなものだ。そしてその交流のなかで、どれだけ多くの情報を相手から引き出せるかという腕試しの意味も兼ねていた。
「そういやふぶきよ、お前さんのとこの城主様は正室も側室もいないって話は本当かい?」
そんなことを言い出したのは
ちなみに獣人族と人狼族は似ているようで微妙に違うらしい。獣人族は普段からモフモフの毛皮に覆われ、二本足で立っている獣のような姿だが、ふぶきの所属する
正直なところ、雪人族であるふぶきにとってはどちらも似たようなものなのだが、鬼人族が魔人族と混同されると激怒するように、人狼族も獣人族と一緒くたにされることには抵抗があるらしい。以前、城主である
閑話休題、話を戻そう。左門に烈火様が結婚していないことがバレている。
「えーっ、ふぶきちゃんのとこ、お世継ぎがいないの!? 結構大問題じゃないそれ!?」
くノ一の木人族、さくらが大声で驚いた声を出す。
大声で情報を漏らされたことに関してはこの桜の精霊を氷漬けにしてやりたいところだが、残念ながら事実である。烈火様には奥方様もお世継ぎもいない。戦国の世においてそれがどれだけ異常なことかは読者の皆さんもなんとなーく分かるのではないかと思う。
国や城を継がせる次世代の主がいないと国は滅ぶ。そしてお世継ぎが産まれるためには正室や側室をたくさん作ってお家を繁栄させなければいけない、というのが戦国時代の常識である。少なくともここ、裏日本ではそんな感じだ。
前々からふぶきも不思議には思っていたのだ。明王院烈火は、その美しい容姿と、裏日本の中央から離れているとはいえそれなりに発展した国の城主という立場であれば女など選り取りみどりであろう。
「側室はともかく、正室すらいないってぇのはちょいとまずいよな」
左門は訳知り顔で腕を組んでうんうん頷く。
「まあ、そうですけど。それに関しては烈火様が決めることでしょう」
「いっそ、ふぶきちゃんが玉の輿狙っちゃえばぁ?」
さくらはもうホント、黙ってほしい。
「くノ一と結婚する戦国武将が何処にいるってのよ、もう少し考えて発言しなさい」
「えーっ、ふぶきちゃん、キビシー!」
いちいちイライラするな、この花の精霊。
……しかし、ふむ。これは一大問題かもしれない。
ふぶきは顎に手を当てて、考え込む仕草をとっていたのであった。
「というわけで、これより烈火様のお嫁さんを探すお見合い大作戦を開始致します」
「待て」
ふぶきの台詞に待ったをかける明王院烈火。
ふぶきの後ろには、人狼族の綺麗どころを集めた美女たちが控えている。
「俺はなにも聞いておらぬのだが」
「はい、言ってませんので」
「俺に無断で何をしておるのだ貴様は」
烈火は頭が痛いと言いたげに額の辺りを手で押さえる。
「言ったら烈火様は断るだろうなと思いまして」
「断ると分かっているならやるな」
「家柄も美貌も兼ね備えた質の高い女性たちを集めました。さあ、お見合いを始めましょうか」
ふぶきは烈火の話など聞こえない様子で、強引にお見合いを始める。
「エントリナンバー一番から順に烈火様にご挨拶をお願いします」
「烈火様、お初にお目にかかります。〇〇家の××と申します」
「キャー、烈火様こっち向いてー!」
ふぶきの言葉で、次々と女性たちが入れ替わり立ち替わり烈火に挨拶する。団扇を持って黄色い声をあげる女もいた。
「……帰ってもらってくれ」
烈火は虚無、といった目でふぶきに言う。
「しかし、せめて正室くらい見つけませんと――」
「帰れ、と言っているのだ! 散れ、女ども!」
烈火が怒鳴ると、人狼族の女性たちは怯えた様子で逃げ出してしまった。
「あーあ、せっかく美人を集めたのに」
「余計なお世話だ。頼んでもいないのに見合いなど、親戚のおばさんか貴様は」
はあ、と烈火は大きなため息をつく。
「……せめて、聞かせていただけませんか。何故、正室を作らないのか」
「……」
ふぶきの言葉に、烈火は口をつぐむ。
「……昔は俺にも許嫁はいた。……今はもう亡くしたが」
「あー……なんかすいません」
「腹が立つほど言葉が軽いな……」
どうやら、その失った許嫁が忘れられず、新しい妻を作る気がないらしい。
狼の中には、つがいを一生涯愛し、浮気もしない種がいるとも聞いたことがある気もするが……。
「しかし烈火様、その許嫁を忘れろとは言いませんが、お世継ぎがいないと困るのは結局烈火様では?」
「……なら、お前が俺のつがいになるか?」
烈火の思いがけない言葉に、ふぶきはキョトンとしてしまう。
「……驚きました。まさか、城主が忍に求婚するとは」
「嫌か?」
「嫌って言うか……そもそも種族が違うんですから、お世継ぎが混血になってしまうじゃないですか」
異なる種族同士で子供を作ることはできる。しかし、特に位の高い家柄では、混血は嫌われている。なので、烈火の申し出は裏日本においては常識破りなのだ。非常識とも言える。
「というか、私のことそんな目で見てたんですか烈火様」
「引くな、普通に傷つく」
自分を抱きしめるようなポーズでドン引きするふぶきに烈火は冷静にツッコミを入れる。
「俺は混血でも構わんし、お前の血が混じるのは大歓迎だ」
「……ふう。本来なら私は正室や側室の間の泥沼展開が見たかったんですが、残念です」
「本当にお前はいい性格してるな」
「ありがとうございます」
「褒めてはおらんのだが」
烈火は呆れたような顔でふぶきを見る。
「……で? 答えを聞きたいのだが」
「…………考えさせてください。まさか城主に求婚されるとは予想していなかったので、こう見えて戸惑っています」
ふぶきは無表情ながら困惑しているらしい。しかし、感触としては嫌な気持ちというわけではなさそうだ。
「待つのは慣れている。心が決まったら申せ」
「はあ」
ふぶきにとっては予想外の結末になったが、次回の忍者情報交換会で冷やかされることだけは目に見えていたのであった。
〈続く〉
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