第9話 人狼と鬼の一騎打ち
「明王院! 今日こそ決着つけようじゃねえか!」
「フン、何度挑もうが貴様は俺には勝てないと思い知るがいい」
「ハッ、お前だって俺には勝てねェんじゃねえか。毎回引き分けなんだからよォ」
砂浜で激しく剣戟をぶつけ合う二人の武将。
「……暇ですね」
ふぶきはボソッと呟いた。
そう、明王院軍と悪童軍がぶつかり合うまではいい。
しかし、大将同士の一騎打ちに入ると、もはや兵士たちはすることがなく、両軍とも争いもせず地べたに座って休憩する有様だった。
「私、本当に何もしなくていいんでしょうか」
「いいんですよ、むしろ我らが水を差してはいけないのです」
「そうそう、一騎打ちに手を出すと邪魔者扱いされて斬られかねませんからなあ」
ふぶきの言葉に、明王院軍の兵士たちはそう答えた。
「しかし、毎回飽きねえよなあ」
「俺らもいい加減うんざりだってのに」
悪童軍の鬼たちも口々に愚痴をこぼす。
(……私が明王院軍に入る前からずっとこうなのか……)
道理でなんだか両軍の兵士がやる気がないと言うか、口裏を合わせているかのような戦い方だった。
ふぶきは妙に納得してしまった。
しかし、戦国の世において、こんなほのぼのした戦もそうそうあるまい。
「じゃあ、いつもの、やりますか」
「おっ、待ってましたっと」
人狼の兵士が口を開くと、鬼たちが嬉しそうに手を叩いた。
両軍の兵士が何やらごそごそと用意を始める。
「……お酒?」
ふぶきは兵士たちが取り出す酒壺を見て首をかしげる。
「このまま待っていても、すぐには終わりますまい。我らで勝手に酒宴でもしていましょう。お二方もお腹が空けば参加すると思いますので」
「……なんていうか……ゆるいなあ」
両軍の大将以外がほのぼのしすぎている。
人狼と鬼の争いってもっと血なまぐさいものだと思っていたのだが。
なんかこう、烈火様が自軍の兵士を盾や囮にして罠を仕掛けたりするような、そういう……。
……。
改めて考えると、烈火様やっぱり鬼畜だな……。
鬼ヶ島の鬼のほうがよほど正々堂々と正面から勝負している。単純と言えなくもないが。
ふぶきがそんなことを考えているうちに、酒宴の準備は整っていた。
両軍の兵士たちがそれぞれ準備していたのか、お酒やお茶、美味しそうな食べ物が所狭しと豪盛に並べられている。
「いっただっきまーす!」
「ふぶき殿もどうぞご遠慮無く」
「あ、どうも……」
鬼たちが勢いよく食べ物にかぶりつき、人狼たちもふぶきにお酌してくれた。
「くノ一の姉ちゃん、おめぇキレイな顔してんのに戦いとなると滅法つえぇじゃねえか!」
「あの氷はシビレたぜ! 俺らにもお酌してくれや」
戦いとなると恐ろしい怪力を発揮する鬼たちも、酒宴では気さくな兄ちゃんたちに見えた。
「あ、はいはい――」
「おい」
酌をしようと酒を手に持ったところで、後ろから襟を引っ張られた。
身体が後ろに引かれて、ぐえ、と声が出る。
「貴様ら、また勝手に酒宴なぞ開きよって」
「れ、烈火様!」
明王院がひと睨みすると、人狼たちは震え上がる。
反射的に土下座の体勢になっている。
「いいじゃねえかよ、明王院。腹ァ減ったしメシにしようぜ、メシ」
悪童はふぶきの襟を握り続けている明王院の手を緩めさせながら朗らかに笑う。
さっきまで命の取り合いをしていたとは思えない。
「隣空いてますよ、烈火様」
ふぶきはぺしぺしと自らの隣の地面を叩く。
「貴様は…………まあ、いい」
明王院と悪童が腰を下ろして、本格的に宴が始まった。
「烈火様はお酒飲みませんよね。お茶どうぞ」
「ああ」
先ほどまで激しく斬り合っていた大将二人以外は既に酔いが回っているらしく、真っ赤な顔で宴会芸など始めている。
かくいうふぶきも、相当酒を飲んだせいか、目が何処か遠くの空中を見ていた。
ふぶきも普段は酒を口にしないのだが、兵士たちに酒を勧められては断れなかったのだ。それに、彼女自身も酒は嫌いではなかった。
「今日はいい天気ですね、烈火様」
「そうだな」
「眠くなりますね、烈火様」
「そうか。天気のせいばかりではないと思うが」
「おやすみなさい、烈火様」
「寝るな」
明王院の話をほとんど聞かず、ふぶきは明王院の膝に頭を乗せ、毛皮にくるまってゴロン、と横になった。
そのまま、スースー……と寝息が聞こえる。
「……」
「……」
「…………」
男しかいない明王院軍と悪童軍の兵士たちの中で、唯一の女性であるふぶきの突然の寝落ち。
全員の視線が釘付けになり、宴が一瞬で静かになった。
「……あ、えっと、烈火様……? ふぶき殿を運んだほうがいいですよね……?」
「おう、俺らが運んでやろうか? どっか茂みとか物影とかに」
明らかにうろたえ始める人狼たちと、ニヤニヤし始める鬼たち。
「…………」
明王院は不機嫌そうな表情で、刀に手をかける。
「俺の駄犬に触れるな、下賤な鬼どもが」
そして、ふぶきの身体をそっと抱き上げる。
「おおっ、明王院、お持ち帰りかァ!?」
悪童の言葉に釣られてヒューヒューと囃し立てる鬼たち。
「愚劣な妄想をするでないわ、下衆どもが」
明王院はそわそわしだした周囲を尻目に、涼しい顔で歩きだした。
「ついてきたら殺す」
「おう、お前ら邪魔してやるなよー」
「了解しましたぜ、親分~」
「……」
明王院は苛立ちながら、氷の眼で酒宴の場をあとにした。
***
「…………ん……」
ふぶきは静かに目を開いた。
「目が覚めたか」
つ、と明王院がふぶきの頬を撫でる。どうやら城の執務室の縁側に運ばれたようである。海がよく見える。
「……? 私……」
「酒宴で泥酔して眠りこけおって。貴様それでも忍か」
「ああ、そうなんですか。すみません、お手数おかけしまして」
「全くだ。あと三秒起きるのが遅かったら、海に放り込んで無理矢理起こすつもりだったのに残念だな」
「何それ怖いです。本当にすいませんでした」
本当にこのお方は鬼畜だ、と思いながらも、多分そのつもりは最初から無いよなあ、と考えながら深く頭を下げた。
「白湯を作らせた。飲むが良い」
「ありがとうございます。いただきます」
差し出された白湯を飲む。酒と宴で高揚していた気持ちが少し落ち着いた。
「……ここからなら、海も太陽もよく見える」
「そうですね」
「下衆どもの馬鹿騒ぎも気にしなくて済む……」
「それは気が楽ですね」
明王院の言葉に、ふぶきはこくこくと小さくうなずく。
宴会から遠ざかった縁側には静かな波の音だけが響いている。
もともと二人は騒がしいのがあまり好きではない。
炎属性と氷属性。明王院とふぶきは対照的なようで限りなく似ている。
「今日は本当に、いい天気ですね」
「……そうだな」
〈続く〉
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