第8話 悪徳僧侶を懲らしめろ
「
「はい。最近僧兵や資金を集めて反乱を企てているようです」
私――ふぶきは、隠密調査した結果を主である
町人になりすまして領地内の動向を把握し、常に目を光らせておくのも忍の大切な仕事である。
誤解のないように声を大にして言っておきたいが、私も一応忍者らしいことはしているのである。わざわざ小説内で書く必要性がなかっただけで。
「成金寺は最近住職が交代しまして、その新しい住職が謀反を企てている様子。いかがなさいましょう」
「そうだな……寺の責任者が変わったというのならば、城主として一度『挨拶』に伺わねばな?」
烈火様は悪い笑みを浮かべている。
「あ、これ寺を燃やす気だ」と兵士たちに緊張が走る。
「成金寺の構造を調べたところ、かなりの段数の石段がありますね。しかも幅が狭いのでそう大量の兵は投入できません」
「少数精鋭というわけか。ふむ……兵の選別は俺がやっておく。ふぶきは引き続き調査を。特にその新しい住職とやらが気になる」
「承知いたしました」
私は短く答えて城下町に出かけた。
町人らしい格好をして城下町を闊歩するのは密かな楽しみでもあった。
私がくノ一であることを知っている人間は城下町にはいない。秘密を抱え、正体を隠すということはこんなにも気分が高揚するものなのか。
さて、城下町を突っ切って山の方角へ行くと、その寺はある。
私は参拝客になりすまし、寺の石段を上る。
石段を上っている途中でも、屈強な僧兵たちとすれ違ったし、石段を上りきって寺の開けた敷地内に入ると、筋肉だるまのようなムキムキの僧兵たちが修行と称して鍛練をしているのを見た。
あのひょろなが烈火様がまともに相手をしたら身体中の骨をバキバキに粉砕されるだろうな、と思ったら、少しクスッと笑ってしまった。
いや、そんなことより住職を探さないと。
「ごめんください、住職様はいらっしゃいますか?」
「この寺の住職は拙僧であるが、何用かな?」
僧兵たちの中でも頭一つ抜きん出て大きな体躯の男が出てきた。
他の僧兵は普通の白い袈裟頭巾だが、その住職の袈裟頭巾は金染めだった。素材はおそらく絹であろうか。
胴に巻かれた防具も金ピカなら、足駄なんておそらく純金である。
うーん、一言で言うなら成金。これは攻撃するときの目印になってたいへんよろしい。
「近々、祖父の法事があるのですが、今回はこちらの成金寺様にご供養をお願いしたくて……」
「ほう、宗旨変えのご相談ですかな? そういうご相談でしたら、ささ、中へ」
私が適当な嘘をつくと、筋肉だるまはニコニコ笑って寺の中へ招いてくれた。
その後はありもしない法事の内容を相談しながら、「ご立派なお寺ですねえ」などと、それとなく寺の構造を頭に入れておく。
そして、法事の相談がまとまったところで、住職――
「さて、我が寺では前払いになっておりまして、お見積りはこのようになっております」
筋肉だるまはその太い指でパチパチと器用にそろばんを叩き、私に値段を提示する。法外に高い。
「あっそうなんですね、ごめんなさい私、後払いかと思ってまだお金が用意できてなくて……」
「いえいえ、今回はあくまでお見積りということで。相談料として小判一枚はいただきますが」
いや、結局カネとるんかい。
仕方なく小判を一枚差し出して、その日は御暇することにした。
常磐に先導されて廊下を歩きながら、廊下の幅などを頭に叩き込む。
もしかしたら隠し部屋などもあるかもしれない。今夜、寺に忍び込んでみよう。
そんな感じで成金寺に攻め込む準備は着実に進んでいった。
そして、烈火様が定めた『挨拶』の日がやってきた。
烈火様と、烈火様が選定した少数精鋭の兵士たち、そして寺の構造を知る私が護衛としてついていくことになった。
……寺の構造については作戦会議で伝えたから、別に私がついていく必要、ないと思うんだけど。
しかし、烈火様にそう口答えすれば「貴様は戦忍であろうが、少しは働け」と仰せである。いや、私は潜入捜査で十分働いとるやろがい。
昇給でも申し込まないとやってられないな、と思いながら、寺の石段の入り口へと辿り着く。
入り口には門番のように僧兵が立っていた。
「おやおや、これは城主様。このような寂れた寺に何用ですかな」
「フン、何が寂れた寺だ。貴様らが納税もせず資金を蓄えていることは知っておるぞ。これより内部調査を行う。住職はどこだ」
「何を言っておられるのか、意味がよくわかりませんなあ。お引取り願えませんかな」
烈火様より背も幅も大きな僧兵がぬんと立ちはだかる。烈火様が見上げるほどの背の高い人間は珍しい、などと呑気なことを考えている場合ではない。
「れ、烈火様から離れろ!」
「城主に逆らう気か!」
兵士たちが巨大な僧兵にビビりながらも槍を突き出し、烈火様と僧兵の距離を空けようとする。
その隙に、ギンッと烈火様が一睨みすると、突然僧兵が炎に包まれ、燃え始めた。
「ぬおっ!? アチチチ!」
「俺に逆らったため、これより強制調査を行う。俺に続け!」
烈火様は高らかに宣言すると、僧兵を押しのけ、石段を駆け上がり始めた。
「し、侵入者である! 僧兵軍全員で追い返せ!」
門番の僧兵は黒焦げになりながら法螺貝を吹く。
すると、石段の上段にいる僧兵たちが丸い岩を上から転がしだした。
「烈火様!」
先陣を切って石段を上っていた烈火様の襟首を掴んで、なんとか岩を回避する。烈火様が「ぐえっ」とか呻いた気がするが、緊急時なので多少の無礼は許していただきたい。
「石段は避けて、林の中を通りましょう。幸いこちらは少数精鋭ですし、隠密行動には適しています」
「うむ、そうだな。バカ正直に石段を上る必要もないか」
烈火様は私の提案にうなずき、私達は石段の脇の林になっている坂を上っていく。
坂を上りきって寺の敷地内に入り込むと、常磐金成が腕組みをして仁王立ちしていた。
「おやおや、城主殿に……そこにおわすはこの間、お祖父様の法要のご相談をしにいらっしゃったお嬢さん。まさかあなた方がグルだったとは」
「この寺に納税を怠り、あろうことか火輪国に反旗を翻そうという疑いがかけられています。僧兵のみなさんが抵抗したため、これより強制調査を執り行います」
私が機械的に宣言すると、常磐はガッハッハと豪快に笑い出した。
「バレちゃあ仕方ない。ここは特別に無償であなた方を弔ってしんぜよう。なに、墓石ならいくらでもある。ご供養の用意は万全ですぞ」
住職の言葉が合図だったかのように、僧兵たちが一斉に襲いかかる。
どうも僧兵たちは雷属性中心に集められたらしく、薙刀に電流がほとばしっている。かすっただけでも感電しそうだ。
「……ふぶき、退避しろ。できるだけ俺から離れて、遠くに」
烈火様が不意にそう呟くように言って、瞬時に把握した私はバッと林の中まで跳び下がる。
私が退避したことを確認した烈火様は、メキメキと音を立てて炎を身に纏った巨大な狼に変貌する。林の中にいても熱気が伝わる。
狼と化した烈火様が熱気を放っただけで、僧兵たちは黒焦げになってしまった。ついでに寺にも引火する。
「あばばばばばばば、拙僧の
常磐は白目を剥いて、今にも泡を吹いて卒倒しそうな情けない声を上げる。そして、私が寺の構造とか調査した意味なかったなこれ。
「許さん……許さんぞ、明王院烈火ァ!」
「ほう、城主を呼び捨てとは不敬であるな」
今や筋肉だるまより巨大な姿になった烈火様は余裕綽々といった表情を浮かべる。
あとは住職に火でも吹けばそれで終わりになる、はずだった。
「お前たち! これを見ろぉ!!」
常磐は烈火様の家臣たちに光るものを見せつける。
それは――小判だった。
「拙僧の味方になるならこの小判をくれてやる! そーれ、拾え拾えぇい!」
住職は捨て鉢になったようで、大量の小判を境内に撒き散らかす。
「フン、そんなもので買収されるやつがどこに――」
「か、金だ……」
「これだけの金……烈火様のもとで激務をこなしても絶対にこんなに稼げない……」
「お、俺の金だ! 俺は常磐側につくぞ!」
「俺も!」
「き……貴様らァァァ!」
烈火様は憤怒の表情で裏切った家臣たちに怒鳴る。
これは面白いことになってきたが、烈火様にこのまま討ち死にされるのは困る。
私は「烈火様! お下がりください!」と、今度は烈火様が退避するように宣告して、林の中から飛び出す。
人間態に戻った烈火様は、私と交代するように一歩下がった。
「おやおや、こんなか弱いお嬢さんに何が出来るのですかな? それとも男たちに嬲られるのをご所望か?」
「黙れ筋肉だるま」
私は拳を氷で固めてアッパーを食らわせる。
どんなに鍛えられた強靭な体でも、人体の弱点である顎の下はそう簡単には鍛えられない。
「コポォ」と断末魔を吐いた常磐金成は、そのまま後ろにズシン……と倒れた。
私は後ろでガタガタと震える裏切り者たちに冷ややかな目を向ける。
「あなたたちの仕えるべき相手は誰ですか?」
「ふ、ふぶき様です……」
「違うでしょ? 烈火様でしょ?」
「ヒイィ……」
「薄給ゆえにカネに目がくらんだのはわかりますが……折檻が必要ですね?」
「お、お慈悲を……アーッ!」
パチパチと燃える寺。あぶくを吹いて倒れる常磐と黒焦げの僧兵たち。そして氷漬けになった家臣たち。
烈火様は虚無の目でそれらの光景を見つめていたのであった……。
「――というわけで家臣の皆さんに朗報です。この度、家臣全員のお給金が昇給されることになりました」
「マジっすか!?」
「やったー!」
「うんうん、私もお給料が上がって嬉しいですよ」
「まったく……我が城の家計はカツカツだというのに……」
「そうやってケチなことばっかり言うから家臣が裏切るんですよ」
昇給に湧く家臣たちと私、そしてため息をつく烈火様。
「烈火様、これは必要な出費ですよ。お給金が少なかったら人は働く気なんて無くしちゃうんですから」
「わかった、わかった……」
私の言葉に、諦めがついたのか烈火様はひらひらと手をふる。
こうして、私達は常磐金成率いる成金寺を焼き討ち成敗したのであった。
〈続く〉
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