第6話 新興宗教を殲滅せよ
「よォ、
「いません」
聞くと、明王院は最近妙な新興宗教にハマったらしい。
大事な軍資金を胡散臭い教団に寄付したり、挙句の果てには城に帰ってこなくなってしまったという。
「今はまだ周囲の国にバレてないからいいですけど、今この城を攻められたら火輪国は終わりですよ……」
ふぶきは頭を抱えていた。
「へェ、ってことは俺が今この城を攻めれば――」
「その前にこの場で貴方を殺しますよ」
「じょ、冗談だって……」
ふぶきは気が立っている様子だった。
殺気立って周りの空気がピリピリしている気さえする。
「軍資金を勝手に寄付されるのは困りますし、明王院軍の兵士さんたちは烈火様の指示がなければろくすっぽ動けません。悪童様、烈火様を連れ戻すのを手伝ってはいただけませんか」
「ハッハー、明王院軍の兵士どもは明王院がいないとマトモに動けないのか。おおかた、指示通りに動かないと罰を下すとかそういう訓練の仕方をしたんだろ」
「返す言葉もございません。私の力では兵士たちに指示を下すことはできません。なので、手伝っていただけますよね? ね?」
有無を言わせない笑顔に、悪童は引きつった顔でうなずくことしかできなかった。
そうして、子分の鬼たちを従えた悪童とふぶきは、その新興宗教の根城とされている建物――もはやそれはひとつの城と呼んでも過言ではなかった――にやってきた。
『らぶあんどぴぃす教総本山道場』と書かれた看板の立てられているそこは、信者から巻き上げた寄付で作り上げられたのであろう過度に華美な装飾、おそらくは教祖の似姿であろう黄金の像が瓶から水を溢れさせ、その人工的な泉の水底にも小銭や小判が沈んでいた。
……なんというか……一言で表現するならば『成金趣味』である。
「この城の金目のものは全部悪童様が持っていって構いませんよ。烈火様が寄付した軍資金の分は取り返しますけど」
「お、おう……なんつーか……すげえとこだな……」
悪趣味な城の外観に、悪童は若干引いていた。鬼人族のセンスのほうがまだマシであろう。
敵襲に気付いたのか、正門を開けた途端「なんだ貴様らは!」と信徒たちが押し寄せる。
その信徒たちは、皆異様な髪型をしていた。位置は多少違えど、頭のどこかにハートマーク型の髪を残して、あとはみんな剃り上げられている。おそらくこの宗教の信仰の証なのであろう。
もし、烈火様もこの髪型にされていたら――?
ふぶきは想像するだけで目眩がしてきた。自分の顔が青ざめているのがわかる。もはや一刻の猶予もない。
「……雑魚はそちらに任せます。私は先を急ぎます」
「俺も行くぜ! 野郎ども、ここは任せた!」
「承知致しましたぜ、親分!」
鬼たちは金棒を振り回し、ド派手に暴れまわる。
「ま、待て! ここから先へは――」
ハートマーク頭の信徒たちがふぶきの侵攻を食い止めようとするが、
「
ふぶきが睨みつけると、屋内なのに何故か吹雪が巻き起こり、信徒たちはあっという間に氷の中に閉じ込められてしまった。
「……お前、こんなに強かったのかよ」
ふぶきの戦闘を初めて見た悪童は目を丸くする。
「こいつらなんか雑魚じゃないですか、こんなんすぐ倒せますよ」
ふぶきはそっけなく言い放ってズンズン先へ進んでいく。
ふぶきが侵攻していくごとに、城内は次第に冷気に包まれていく。
やがて、何枚目かの扉を開けると。
「クイーン様……」
壁のステンドグラスに向かって祈りを捧げる明王院の姿があった。
「……」
「……」
「……あー、その、早めに見つかってよかったな……?」
「良かった……まだ剃られてない……」
「あ?」
「いえ、こちらの話です。――烈火様、お迎えに上がりました。火輪国に帰りましょう」
ふぶきは無表情のまま明王院に歩み寄る。
しかし、明王院の様子がおかしい。
いや、普通の人がそれをするなら好印象に見えるだろうが――明王院が、笑っていたのだ。
ひだまりのような温かい微笑みに、普段の明王院を知っているふぶきも悪童も戸惑いを隠せない。
「ああ、ふぶき。来てくれたのだな。悪童を入信させるために連れてきてくれたのか?」
「んなわけねーだろ馬鹿。お前を連れ戻しに来たんだよ、変な宗教に染まりやがって」
「馬鹿を言っているのは貴様だ。らぶあんどぴぃす教は変な宗教などではない。凍りついた俺の心を愛の炎で溶かしてくれた、素晴らしい教えだ。クイーン様の説く愛の素晴らしさが分からぬとは……愚劣な鬼よな」
「……愛?」
今まで押し黙っていたふぶきがやっと口を開く。
「そうだ。この戦乱の世を救うのは愛……愛があれば天下を手中にするも容易い……」
明王院はそっとふぶきの頬を撫でた。
「俺はなんと、『アマテラス明王院』という洗礼名をクイーン様からいただいたのだ。俺自身が天照様……素晴らしい……。ふぶきの入信届も既に出してある。ともにクイーン様のため、愛の力で天下を治めようではないか……」
「…………」
ふぶきは何も言わず、明王院とふぶきはしばらく無言で見つめ合う。
「お、おい、ふぶき?」
悪童は焦る。
まさかふぶきまでこのヘンテコな教団に
「烈火様……」
しかし、ふぶきは頬に添えられた烈火の手を弾く。
「ふぶき……?」
「……烈火様を堕落させるなら、愛など要りません」
「待て、話を――」
カツン。
明王院のすぐ横、ステンドグラスに氷の苦無が刺さった。
ステンドグラスにヒビが入って粉々に砕ける音がする。
「……ハァ」
ふぶきが肩をすくめて、大げさにため息をつく。
「烈火様、失望致しました。敵の術中に嵌り、洗脳されるなど情けない。貴方様のような腑抜けた主人は要りません」
失望の声音とともに、ふぶきの周囲で身を切るような冷たい風が渦を巻く。
「ま、待て待て待て! 誤解だ! 最後まで話を聞け――」
「問答無用」
悪童は思わず目を覆った。
しかし、目を覆っただけでは、耳に入る明王院の悲痛な叫びはかき消せなかった……。
「お、おま……自分の主君をここまでボコボコにするか普通……?」
「今まで無断で城を留守にしていたお仕置きですよ。……悪童様、烈火様を火輪国まで送り届けていただけませんか」
「あ? お前は帰らないのか? 明王院を取り戻すって目的は果たしたろ?」
「気が変わりました。この教団を潰すまで帰りません。……殲滅戦です」
淡々と言葉を紡ぐふぶきの目は完全に据わっていた。
そして、悪童の返事も聞かずスタスタと先を歩き出した。
「お、おい、待てって!」
悪童はひとまず子分の鬼に瀕死の明王院を預け、火輪国へ安全に送り届けるように命じてから、ふぶきのあとを追った。
既に奥へと向かう扉は次々と開け放たれ、部屋のひとつには仙人族の芋河原雲龍斎も倒れていた。
「……この爺さんも入信してたのか……」
この教団は思っていたよりも裏日本に侵食していたのかもしれなかった。
ひとまず芋河原も息があるのを確認し、子分に手当をさせた。
芋爺、芋爺、と芋河原を慕っていたふぶきが芋河原にまで攻撃をするなんて、かなり頭に血が上っているに違いない。
急いで後を追い、城の最深部へ向かった。
最深部。
ぜえぜえと息をつきながら悪童が辿り着いたその光景は、ふぶきの目の前に立つ、額にハート型のほくろがついた銀色の長髪の男。かなりの高身長でふぶきより頭二つ分は大きい。泉に立てられていた瓶を持った像と似たその姿から、こいつが教祖に間違いなかった。
「よくここまで来ましたネー。デモ、城内ツアーはここまでヨー。入信届によると……アナタがフブキさんネー? ズイブンやりたい放題やってくれましたネー?」
「た、助けてくださいクイーン様! 悪魔と氷の魔女が城に攻め込んできました!」
生き残った信徒たちがクイーンと呼ばれた男に助けを求める。
「アァン!? 誰が悪魔だって!? 俺ァ鬼人族だっつの! 魔人族なんかと一緒にするんじゃねえやい!」
「ひぃぃ!」
悪童が怒鳴ると、信徒たちは半泣きで震え上がる。
鬼人族は魔人族と混同されることが大嫌いである。
「フゥーン……アナタタチ、鬼人族に雪人族デスカ……人の心を持たない鬼人族に愛を知らない雪人族、哀れネー」
「アァ!?」
クイーンの言葉に、悪童はこめかみに青筋を立てる。
一方で、ふぶきは冷めた目で状況を見ていた。
「特に雪人族、可哀想デース。なぜなら、愛を知った途端、愛の温かさで身体が溶けてしまうから」
「……」
「デモ、大丈夫デスヨー! このクイーン・ラブドラッグが凍てついた心に愛を教えてあげるネー!」
そう言って、クイーンが取り出したのは――火炎放射器だった。
「愛(物理)の炎でゾンブンに溶けちゃってくださいネー!」
「ふざけんなー!!」
悪童は必死に火炎放射器から吐き出される火炎を避ける。
ふぶきは――避けなかった。
ふぶきが火炎に触れると、触れたそばから火炎が凍っていき、火炎放射器まで氷に包まれた。
クイーンは慌てて火炎放射器から手を離すと、床に落ちた火炎放射器と火炎はバラバラに砕け散った。
「ふん、烈火様の炎よりもぬるいですね」
「オーゥ、ビックリ! 火炎を凍らせるなんてどんなマジック!? アナタが入信してくれたら、この国を乗っ取るのも容易いデース!」
そう言って、クイーンはパチン、と指を鳴らす。
すると、ピンク色の霧のようなものが部屋中に広がった。
「うわっ、なんじゃこりゃ!?」
「愛を知らない鬼や雪女も愛の喜びに目覚める、名付けて洗脳香デース!」
「やっぱり洗脳じゃねーか!!」
悪童は洗脳香を吸わないように袖の布で口と鼻を覆う。
しかし、ふぶきはスタスタとクイーンに歩み寄り――氷を纏った拳でクイーンの顔面に右ストレートを食らわせた。
「!? ホワイ!? なぜアナタ洗脳香が効かないのデス!?」
「水分を含んだ香り成分を片っ端から凍らせています。――クイーンさん、でしたっけ? 私、とても怒っているんですよ」
ふぶきの目は氷よりも冷たかった。
「よくも烈火様をたぶらかしたな赦さない殺してやる殺してやる殺してやる殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺」
ふぶきはコロコロ鳴きながらクイーンに襲いかかる。
クイーンの悲鳴は城中に響き渡り――クイーンを包んだ氷像だけがあとに残された。
「この氷像は海に流しましょう。コイツは絶対国外追放したほうがいい」
「そうだな……多分コイツ、元の国でも追放されて裏日本に流されてきたタイプだろ」
この氷像を海に流せば、海の真ん中に来る頃には氷が溶けて、溺れ死ぬかサメの餌だろう。
何の同情もわかないし、そうしたほうが世のため人のためな気がする。
クイーンを成敗したあとのふぶきはいつもの無表情だった。雪人族がそういう傾向の種族とはいえ、何を考えているのかわからないのがちょっと怖いな、と悪童は思った。
「……じゃ、帰りましょうか、悪童様」
***
明王院の寝室。
明王院は包帯だらけの姿でムスッとしていた。
「明王院、お前ホントに洗脳されてなかったのか?」
「当たり前だ。怪しい宗教団体が火輪国の近くに根城を築いていると聞いて、俺自ら潜入していたのだ」
「ホントですかぁ?」
悪童とふぶきはジトーっとした疑いの目で明王院を見る。
「そういう任務は忍びである私に任せればいいじゃないですか」
「あの教団の信者には多額の寄付ができる大名が多い。俺のほうが適任だったのだから仕方ないだろう」
「せめて私にも言ってくださればこんなにボコボコにしないですんだのに」
「本当に貴様、容赦なくボコボコにしてくれたものよな……」
アタタ、と明王院は身体を動かすたびに痛みでうめいた。
「だからあのとき、話を聞けと言ったであろうが」
「……ああ、アレってそういう」
「至近距離で近づいて耳元で作戦を伝える手はずだったというのに、この駄犬は……」
明王院は忌々しいとばかりにふぶきを睨みつける。
「腑抜けた主人は要らないのではなかったか? 他の就職先を探すか? うん?」
「今は腑抜けてないからいいんです~」
「……ふぶき、お前、変わったよな」
不意に悪童が口を開いて、意味がよくわからなかったのか、ふぶきが不思議そうに悪童を見る。
「お前、炎属性の明王院と相性悪そうだし、出ていこうと思えば火輪国を出て他の就職先を探せるだろ。なんなら昔みたいにフリーランスやってもいいだろうし」
「それは……」
ふぶきは明王院をチラッと見て、いたずらっぽく笑う。
「烈火様の暴君ぶりが面白いから観察したいだけですよ。それに、私達、案外相性いいんですよ?」
たしかに相性はいいのだろう。
このコンビは将来、天下統一を考えるなら強敵になるだろうな、と悪童は思うのであった。
〈続く〉
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