第5話 くノ一ひとりで10万の兵と戦ってみた
まったく、酷いことになった。
どうしてこんな目に遭ったのか、原因は私が主人――
その手鏡は烈火様のご母堂様が愛用していた形見らしく、「烈火はこの鏡に反射する太陽のような
当然のことながら、烈火様の怒りようはまさしく烈火のごとくであった。いや、ダジャレとかではなく。
とにかく、私のやらかしの罰として、私は今、戦場にひとりで立っている。
いや、正確に言うならば私の立っている場所から距離をおいて後方に明王院軍が控えている。……私が戦死したときに、明王院軍が投入され、確実に勝利するためである。
この
独りで戦場に立ち、なるべく多く相手の兵を減らすこと。
それだけでも普通の足軽なら難しいだろう。徳光軍は裏日本で一番兵の数が多いことで有名だ。
おまけに科学力も発展しており、機動兵と呼ばれる人ならぬ鉄の人形を操るらしい。
科学も行き過ぎるともはや妖術である。
そして、もう一つの命令は、これは可能なら、の話だが――徳光軍の総大将・
まあ、こちらは烈火様も期待はしていないだろうから、私も無理をする必要はない。
かくして、砂埃が吹きすさぶ荒涼とした大地に、私は足を踏み入れていた。
焼け野原の戦いの始まりである。
「おいおい、明王院軍はたったひとりだと?」
「しかも女?」
徳光軍は目に見えて狼狽していた。
それもそうだろう、なにせ二百対一……徳光の二百の兵にたった一人のくノ一が立ち向かうというのだから。
「舐められたもんだな……かまわん、おめえら行け!」
徳光源五郎の一声で、兵が一斉に向かってくる。
「明王院烈火を引きずり出せ!」
「わぁ、こわ~い」
明王院軍が万が一本当に負けたら、烈火様は完膚なきまでに蹂躙されるんだろうなってくらいの気迫……。
……これは、負けるわけにはいかんな。
「よぅし、かかってこい!」
私――ふぶきは大軍に向かって駆け出した。
***
「――まぁ、ざっとこんなもんかな」
流石に烈火様のようには早く片付けられないな。
少し時間がかかってしまったが、体力を温存しながら、なんとか二百の兵を蹴散らすことが出来た。
荒野には百五十ほど、人間大の氷柱が立っている。
中に何が入っているかは……ご想像におまかせする。
「ぜ、全滅だと……!?」
一部始終を見ていた源五郎は言葉を詰まらせる。
「お、俺達じゃ敵わねえ! 逃げろー!!」
凍らせ損ねた残りの徳光兵が逃げていく。
「あっ、待てコラー!」
「良い、追うな」
追討ちしようとしたが、烈火様の声で立ち止まる。
「ふぶき、次が来る。最初の場所に後退して待機せよ。できれば回復しておけ」
次……?
「はい、承知致しました」
内心首をかしげたが、顔には出さずに、素直に命令に従う。
きっと、烈火様にはもう、次に相手がすることが見えているのだろう。
持ってきていたおにぎりをお茶で飲み下しながら、元の立ち位置に戻った。
準備体操をしながら待機していると、視界の遥か向こうから砂埃が立ちあがってきた。
なにか沢山のものがこちらに向かっているようだ。
「れ、れれれ烈火様ァー! 十万の兵がこちらに向かってきますゥゥゥー!」
明王院軍の兵士さんが動転しながら報告してくる。
「ははは、ビビったか? 十万の兵、これぞ徳光源五郎の力よ!」
「ふん……、思ったよりは多いな……だが、想定の範囲内だ……」
高笑いする源五郎とは対照的に、烈火様は落ち着いた様子だ。
「へえ、アレが次の手ってわけかあ」
焼け野原を埋め尽くすかのような人の波。
烈火様はこれを読んでいたのか。
「やっぱり烈火様ってすごいなー」
私は大きく伸びをした。
準備体操、完了。
「烈火様……ふぶき殿は大丈夫なんでしょうか……」
「……」
兵士さんが私の心配をしてくれているが、烈火様は答えない……。
「……作戦はどうなっている」
兵士さんの問いかけを無視して別の話題を振る。
「は……現在は問題なく順調に……」
「万が一、ふぶきが倒れれば、ただちに作戦に移れるようにしておけ」
「は、はっ……!」
兵士さんは不安そうな顔で私を一瞥してから、指定の位置に戻った。
――そう、所詮、我々は烈火様の駒。
だから、私も烈火様の前では無感情を装っておく。
私が討ち死にした後の話を後ろでされても、私は平気な顔をする。
……なあに、このモヤモヤした気持ちは、目の前の敵を屠って解消すればいいさ。
関ヶ原に雪と冷気が漂う。
どうにも私の氷属性の能力は、気分次第で戦場の天気も変えてしまうらしい。
「ううっ、さみい……」
「雪女め……」
畏怖の目で、徳光軍の兵士たちは怯えたようにこちらを見る。
この時点でだいぶ戦意を削いだように思えるが、まだまだだ。
十万人という圧倒的な兵差で、まだ勝ち気な目で睨みつける勇者様(笑)もいる。
もっとこの戦場に絶望を。戦意を喪失するほどの圧倒的な力を見せつけねば。
「さっきの二百人みたいになりたい奴からかかってこいよ、ド三流ども」
そう毒づきながら、冷気を纏って群れに突っ込む。
私が触れた場所から、兵士が凍りつき始める。
「う、うわああああああ! 助けてくれえ!」
兵士たちがパニックになり、他の兵に氷を砕いてもらおうと走り回る。
一気に戦場は混乱し、統率が乱れる。
足軽の中には、既に全身凍りつき、氷柱になった者もいた。
焼け野原には恐怖と悲鳴が満ちた。
背後で明王院軍の兵士も「うわぁ……」と言っている通り、我ながら、えげつない攻撃だと思う。
苦笑いしていると、巨大なハンマーを振り回す大男がこちらに向かってくるのが見えた。
「うーん、大きな男の人は苦手だ……」
呟きながら、両手に冷気を集める。
ピキピキと音を立てて、氷が大剣の形を作っていく。
「こんなもんかな……」
芋爺の愛用している両手剣をイメージしてみました。
と言っても硬度は保証しませんよ。
なにせ氷なので……。
なので相手のハンマーに当たらないように注意しながら氷の剣を大男の脳天に叩きつける。
流石に氷の固さと痛さ、冷たさは生身には辛いようで、大男も沈んだ。
しかし、倒れた男の向こう。
騎馬隊の群れが見えた……。
自分の血の気が引いて行くのが分かる。
「ちょっ……馬はマズ」
言い切らぬうちに、騎馬隊の突進で私の身体は空を舞った。
地面に落ちる前に二回、三回と連続して馬が追撃していく。
私が地に叩きつけられた時には、体力ゲージは半分以上削り取られていたんじゃないかという感覚があった。
それでも耐えた方ではあるが、私の身体はピクリとも動かない。
「れ、烈火様! そろそろ我らも参りませんと、ふぶき殿が……!」
「まだだ」
兵士たちの箴言にも、烈火様は動かない。
「今だ! 行くぞ日ノ本壱号! とどめを刺してやれ!」
とうとう徳光主従が出撃した。
源五郎が日ノ本壱号に乗り、ウィーンという起動音を立てて倒れている私に向かって近づいてくる。
「……」
私は腕で上半身を起こし、まだ遠くにいる巨大な機械の鎧を睨みつけた。
「いててて……チキショー、やりやがったなー」
危機にもかかわらず、我ながら存外呑気な声を出して起き上がる。
「い、生きてた!」
烈火様以外の明王院軍は息を飲んで行方を見守った。
私はよろりと立ち上がり、腕を前でクロスさせて更に分厚い氷の盾を作り、ガードの態勢を整える。
刹那、日ノ本壱号の突進。
電撃と共に、ドリルのように巨大な槍が走り抜けていく。
「オオオオオオオッ!!」
氷の盾で滑らせて、槍の方向が逸れた。
そのまま巨大な機動兵は私を通り過ぎて遥か背後に突っ切っていった。
「……ッ」
直撃は免れたが、体力は一撃で最大体力の三分の二は持っていかれるんじゃないかという体感である。
ぶわ……っ、と鳥肌が立った。
「ワシと日ノ本壱号が出ちまった以上、おめえは生きて帰れねえ」
源五郎は何処か物悲しい目で私を見据えた。
「ふーん……だから?」
「ワシは殺生は好まねえ……おめえ、徳光軍に入れ」
それは源五郎の最後通牒だった。
「……ふふっ」
私は俯いて、微かに笑った。
「……ぷっ、くく……はは、あはははははははっ!」
糸が切れたように、私は思わず爆笑してしまう。
「な、何がおかしい!」
「殺生を好まない! さっきまで十万と二百の兵で私を散々嬲り殺そうとしておいて! よくそんな言葉が言えますね源五郎様! 流石です!」
そして、急に表情を無くした。
「お断りだ」
ベー、と舌を出す。
「おめえ……死ぬ気か?」
「馬鹿だなあ」
源五郎の言葉に、私はまた笑いを堪え切れない、とでも言いたげな顔をした。
「この戦場に来た時点で、そんなのとっくに覚悟してるさ。それとも徳光軍とやらは、そんな生ぬるい仲良し集団なのかな? 甘っちょろいんだよ」
明らかにわかりやすい挑発だった。
「それに……私が烈火様を見捨てるわけには、いかねえんだよ」
と、誰にも聞こえないような声でボソッと呟いた。
私は知っていた。
兵士を『駒』扱いしていると公言していることで、兵士たちに恐れられ、避けられている烈火様。
でも、私は知っていた。
烈火様はわざと兵士たちを遠ざけることで、武将としての威厳を保ち、兵を統率するために、憎まれ役を買って出ていることを。
徳光源五郎と明王院烈火は正反対の在り方で兵士たちをまとめ上げている。
だからこそ、私は烈火様の一兵として、徳光軍に負けるわけにはいかない。
烈火様の正しさを証明するとか、そんな大それたことを考えているわけではない。ただ、馴れ合いを良しとする徳光軍には死んでも負けたくない。
……最初は半ば強制的に明王院軍に加入させられたのに、私はいつの間にか、烈火様にほだされていたらしい。
皆に恐れられる烈火様が、なんだかほっとけないというか、まあ単なる同情なんだろうし、烈火様も望んではいないだろう。
それでも私は、私だけは、烈火様を見捨てないと、密かに誓いを立てたのである。
「……知らねえぞ」
源五郎が呟くように言うと、さっき突進で通り過ぎた日ノ本壱号がこちらに迫ってくる。
「壱号、一瞬で楽にしてやろう。――武士の情けだ」
そして、徳光主従が襲いかかってきた。
「………ははは……ゾクゾクするじゃねえの」
私はまず、背後からの日ノ本壱号の突進を必死でかわして、氷の苦無をぶつけた。
壱号は微動だにしない。
「……ですよね……!」
だが、今は攻撃を避けられただけでも上等。
次は上から飛びかかる源五郎。
地面を凍らせて源五郎を氷の盾で跳ね返す。
「お前なんか機動兵さえいなけりゃあなあ……!」
跳ね返った肥満体に素早く近付いて蹴り上げた。
「ぐっ……! ――今だ、いちごーう!」
源五郎の言葉に反応して、壱号が再び突撃してくる。
――刺し違えてでも、止める。
壱号の突進を、今度はよけない。
両手を前に突き出し、壱号の巨大な槍を氷の盾で受け止めた。
ビキビキッ、と、両腕が軋む。
激痛に、思わず顔を歪めた。
手から生成された氷は、受け止めた槍から始まり、じわじわと機動兵の身体を地面に凍りつかせていく。
『ビッ、ガガッ……!?』
地面に繋ぎとめられた巨大な機械の兵士。
更に背中にぶつけた苦無の氷もだいぶ広がっていて、壱号の全身は氷に閉じ込められた。
壱号はシュウゥ……と煙を上げて動作を停止した。
「壱号! 氷なんぞさっさと割り破れ! 壱号! いちごーう!」
「ハッ……私が命を懸けて発動させた技が……そう簡単に破られて……たまる、か」
勝負はついた。
そう思った途端に、身体の力が抜けていった。ふっと後ろに倒れていく。
ぽすっ、と誰かが私の身体を受け止めた。
「……烈火、様」
「ふん、上出来だ、ふぶき」
そう言って、烈火様は私を地面に放った。
「いて」
瀕死の女子にもいたわりがねえよ、この人……。
「明王院殿……
源五郎はその様子を見て苦い顔をする。
「知ったことか。自分の心配をしたらどうだ。ふぶきが時間を稼いだおかげで、我が策は成就した」
源五郎はハッとして周りを見回した。
徳光軍は源五郎と日ノ本壱号以外、全滅している。
逃げられないように、周囲には明王院軍の兵士の輪と罠が敷かれていた。
「ふぶきとの戦闘に夢中で周囲の状況も見えぬとはな……愚にもつかぬ」
「全部……このために」
源五郎は愕然としていた。
「そして……貴様等は俺が直々にとどめを刺そう」
烈火様の身体が炎に包まれ、赤い熱気に包まれた巨大な狼が源五郎と壱号を灼き尽くした。
***
「――烈火様、見事な勝利でしたな」
「ふん、あれだけ完璧な布陣ならば当然だ」
戦の終わった焼け野原。
徳光の家紋の入ったボロボロになった旗が、風に吹かれて虚しくはためいている。
徳光源五郎と日ノ本壱号、そしてかろうじて生きている徳光軍の兵士たちは、全身に火傷を負いながら明王院軍の支配下に置かれた。
つまりは、徳光源五郎の統治していた領土と領民はすべて明王院のものになったわけだ。
裏日本統一に一歩近づいた烈火様は表情には出なかったが上機嫌であった。
「ふぶき、帰るぞ」
「……」
うつぶせで倒れたままの私に歩み寄る烈火様。
しかし全力を出し切った私はピクリとも動けない……。
「……」
「……」
「……死んだのか?」
「……」
「……お前も俺を置いて逝くのか?」
「……烈火様、今の、キュンとしました」
「……」
「……」
「起きろ、このまま引きずっていくぞ」
烈火様は私の頭を掴んで本当に引きずり出した。
「いでででででで」
私は引きずられたまま呻く。
「ちょ、もうちょい労わってくださいよ大将……今回すごく頑張ったのに」
多分馬にはねられてアバラ五、六本折れてると思う……。
壱号の槍を受けて腕もミシミシ言ってたし……
「――……」
私を見下ろし、烈火様の唇が動いた。
「お前……本当に死ぬつもりだったな」
『死ぬ気で頑張った』のではなく、『本当に死ぬつもりで』戦った。
烈火様はそう言いたいらしい。
「……そういう罰なんでしょう?」
「……今までのお前なら、罰を受けるくらいなら他軍に寝返りそうなものだがな」
「……」
そう、確かにそうだ。
嫌なことを命令されたら逃げればいい。
負けそうになったら、死ぬくらいならって見捨てて逃亡する。
今までだってそうだったし、やろうと思えば出来た。
――なのに、どうして私、踏ん張って耐えて、結局ボロボロになってまで……。
私は、『忠誠心』などという言葉とは無縁の存在だと思っていた。
ただの同情で、ここまで出来るものなのだろうか?
「……だって、せっかく『戦国最強』の呼び声高い日ノ本壱号に手合わせしてもらえるんですから、これに燃えない奴は武士じゃないですよ」
私は烈火様に対する本心を隠すことにした。同情でボロボロになるまで無理をしたなんて言ったら怒られそうな気がしたから。
最強のもののふと戦えるから夢中になった、昂奮した。逃げることなんか忘れてた。
そういうことにしておこう。
「………お前は忍だろう」
そう小さくツッコミが入った。
――もしかしたら、少しずつ駒として洗脳されてきてるのかも知れん。
兵士さんたちに肩を貸してもらい、ゆっくり歩きながら、私は思った。
〈続く〉
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