第4話 鬼ヶ島に棲む鬼の王
空がよく晴れた日には必ず縁側で日差しを浴びる。
『太陽の御子』『太陽神の生まれ変わり』を自称するだけあって、烈火様は太陽が大好きである。
……まあ、そのぶん天気が悪い日にはかなりご機嫌が悪くなるのだが、それはさておき。
「冷たい麦茶、お持ちしました」
「すまんな」
烈火様がお礼が言うということは相当機嫌のいい証拠であり、今日はおそらく家臣を虐待することはないだろうと思われる。
烈火様は炎属性にしては物静かで知的なところはあるが、その反面
しかし、私――ふぶきは、
いや、下女に「烈火様が恐ろしいから代わりに麦茶を持っていってほしい」と頼まれたのは事実なのだが。
でもまあ、このまま天気が良ければ烈火様も一日気分良く過ごしていただけるだろう。
――と、思っていたのだが……。
「よぉ、明王院! 遊びに来たぜ~!」
聞き覚えのない男の声が聞こえた瞬間、烈火様は苦虫を噛み潰したようなしかめっ面になった。
「
「いや、さっき遊びに来たぜって言ったんだけど」
「俺が
「普通天気の悪い日に遊びには来ねぇだろ~?」
烈火様の、まさに烈火のごとき激怒を、悪童と呼ばれた男は怯えるでもなく受け止める。
悪童……悪童……?
「もしや、
「おうよ、俺様が鬼ヶ島に棲む鬼の王、悪童鬼神丸様よ! いやぁ、俺ってそんなに有名になっちまったかぁ~?」
まあたしかに、私でも聞き覚えのある、名のある戦国武将ではある。
……烈火様が「海の景観を損ねるからそのうち鬼ヶ島を爆散させたい」と言っていたので覚えたのは言わないでおこう。
「帰れ、鬼! 俺の日光浴の邪魔をするな!」
「日光浴って、ジジイや亀じゃあるめぇしよぉ。それより、酒持ってきたから一杯飲もうぜ! いや~、昼間っから飲む酒は最高なんだよな!」
そう言って、鬼神丸様は一升瓶を取り出す。絶対一杯飲むだけじゃ済まない、これ。
しかも酒瓶には『鬼滅ぼし』と書いてある。鬼が鬼滅ぼしの酒を飲んでいいんだろうか……?
「俺は酒は飲まん。ふぶきが持ってきた麦茶がある」
「おう、姉ちゃん、ふぶきって言うのかい。こんな頑固な人狼ほっといて、鬼ヶ島に遊びに来ねぇか?」
鬼神丸様は今度は私に目をつけたらしく、鬼ヶ島に誘われてしまった。
……なんで私、そんな優秀な忍でもないのに、こんなに勧誘されるんだろう。
「貴様! よりによってふぶきに手を出そうとは! そこに直れ! 焼き土下座させてやる!」
「おっ、俺様とやろうってのかぁ? いいぜ、ふぶきついでにこの国もいただいちまうか!」
「ほざけ!」
そして、刀を抜いた二人は目にも留まらぬ速さで
「そもそも鬼のくせに光属性などと! 天照様に不敬である! 死んで詫びろ!」
「ハッ、てめぇが光属性に生まれたかったからって八つ当たりすんなよな!」
その言葉は図星だったらしく、烈火様は憤怒の表情で怒りを
烈火様の身体が突如炎に包まれ――炎の中から、紅蓮の猛火をまとった巨大な狼が姿を現した。
これが人狼族の本来の姿である。炎属性のそれは、周囲に熱気を撒き散らす。
「ぬかしよったな、小鬼! 初陣のときのように、もう片方の角も噛み砕いてやろうか!?」
そう、鬼神丸様は二本の黒い角を生やした鬼であるが、片方が何故か折れていた。
アレ折ったの、烈火様なのか……。
「おもしれぇ、リベンジマッチと洒落込むかぁ!?」
「はいはい、そこまで」
鬼神丸様は乗り気だったが、このままでは城の被害が甚大になると判断した私が阻止した。
「烈火様、怒りをお鎮めください。このままでは城も私も溶けてしまいます」
「……。……そうか、それは困るな」
狼は炎に包まれ、再び人間に似た姿に戻った。
「お、なんだぁ? ふぶきには弱いのかい、烈火様よぉ」
「鬼神丸様? それ以上烈火様を煽るなら氷漬けにしますよ?」
「じょ、冗談だって……」
私が手から雪の結晶を出して脅すと、鬼神丸様は若干ひるんだようであった。
「お酒なら私が御酌いたします。私もお酒には弱いのでご勘弁くださいませ」
「ちぇっ、しょうがねぇなぁ」
「酌などせんでいい。国から追い出せ。まったく、駒どもは何をしているのだ。小鬼、どこから侵入してきた」
縁側にどかっと座った鬼神丸様に、烈火様は苦い顔をする。
「侵入も何も、『れっかくんのおともだちでーす』って言って普通に通してもらったぜ? まあ、昔なじみのライバルみたいなもんだからな!」
「…………」
鬼神丸様の言葉に、烈火様は頭痛がするとでもいうように頭を押さえた。
「で、ふぶきちゃんは何者だい? 明王院の新しい下女かい?」
「いえ、戦忍ですけど」
「戦忍ぃ? おい明王院、お前んとこは忍者にお茶汲みさせてんのか?」
「経費削減だ。我が国とて経済的に豊かなわけではない。なぜなら鬼ヶ島の連中が毎回こちらに進軍して金品を奪ってくるからな」
「あ~、お酒おいしいなぁ~」
じとっと湿り気を感じる目で睨む烈火様から話題をそらすように、鬼神丸様は酒を飲んでげっぷをしていた。
「烈火様、鬼神丸様は護衛もつけていないご様子。今のうちに討っておくべきでは?」
「そうだな、もっと酒をついで前後不覚になったところを仕留めるぞ」
「この主従、怖ッ! わかったよ、もう帰るよ!」
鬼神丸様は逃げ帰るように去っていき、鬼神丸様のせいで機嫌が悪くなった烈火様によって、鬼神丸様を城に入れた兵士さんは減給されたという。
〈続く〉
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