第3話 添い寝

 火輪国ひのわのくにの夏は暑い。


 太陽の光が容赦なく降り注ぐ。

 ……烈火れっか様の機嫌が良くなりそうだな。


 熱が苦手な雪女の私が日陰で柱に寄りかかっていると、明王院みょうおういん軍の兵士さんに声をかけられた。


「ふぶき殿ー!」

「あ、兵士さん。今日も暑いですね」

「暑うございますなー……それで、ふぶき殿に頼みがあるのでござるが」

「なんでしょう?」


 烈火は自分の部屋からふぶきと兵士の様子を見ていた。

 兵士が何やらたらいに水を張ってふぶきのところへ持っていく。

 ふぶきがたらいに手を差し出すと、水がみるみる凍りついていった。


「おおー! これはすごい! 助かりましたふぶき殿!」

「まあ、氷属性ですしね、私」

「拙者もお頼み申す!」

「はいよ」


 兵たちが列を作って、ふぶきに水を差しだす。

 氷を作ってもらって嬉しそうな兵たちに、ふぶきも薄く微笑んでいた。


「……。」


 烈火はその様子を見て、しばらく考え込んでいた。


 その夜


「……ふぶきはいるか」


 布団に仰向けになったまま、烈火様は呟いた。


「ここに」


 シュッ、と空を切る音がして、私は烈火様の部屋に降り立った。


「眠れん」

「安眠香でもお持ちしましょうか」

「いや……」


 烈火様は首だけ動かして私を見て、自分の横をぽんぽん叩く。


「隣で寝ろ」


「…………」


 私は無表情のまま烈火様を見た。


「そのようなことは正室か側室の方に頼んでいただけませんか」

「俺に正室も側室もいないのは知っているであろう」

「なら下女に頼んでください」


 忍びの仕事の範疇じゃない。


「俺の命令が聞けぬと申すか」


 そう言えば、大抵のことは通ることを烈火様は知っていた。


「……わかりました」


 ふっとため息をつくと、渋々といった様子で私は布団の端に肘をついて寝転がった。


 烈火は私に向かって身体ごと横になる。


「……お前の手は夏でも冷たいな…」


 私の手を握りながら言う。


「……氷属性ですから」


 感情を含ませずに答える。


「……熱帯夜には気持ちいい」


 私の手を握ったまま、烈火は眼を閉じた。


「……」


 この男は自分に添い寝させておいて、襲うでもなく毎晩こうやって眠る。いや別に襲われたいわけではないが。

 烈火様の過去についてはある程度知っている。母親と幼いころに死に別れ、愛情を受けずに育ったとか。

 だからって私に母性を求められても困る。一応戦忍いくさしのびなんだが。


 目の前の男の頬をそっと撫でる。

 綺麗な寝顔だ。人形のように端正な顔。


 もういいか、そう思って布団から出ようとする。


 と、手を握る力が強まった。


「何処へ行く……」


 烈火様の目が薄く開いていた……


「……起きていらしたんですか」


 この人、怖ッ……。

 早く寝ろよ……。


「……あの、私警備とかあるので……」

「駒どもに任せれば良い……」


 一応眠くはなってるらしい。

 烈火様の声は低くくぐもっている。


「それに……これだけ近くにいれば間違いなく俺を守れるであろう……」

「それはまあ、確かに」


 このお方には何を言っても無駄だ。

 完全に寝付くのを待とう、と私は内心ため息をついた。


「……ふぶき」

「はい」

「お前、駒どもには笑いかけるくせに、俺にはそっけないな…」

「……は?」


 昼間のことか?

 あんた何処から見てたんだよ……。


「なんですか、構ってほしいんですか」

「……」


 烈火様は答えない。


 肯定と受け取っていいのか……?

 だとしたら、いい年して構ってちゃんかこいつ……。


「そうですね……烈火様が笑って下さったら、私も笑ってもいいですよ……」


 面倒臭そうに答える。

 どうせ「可笑しくもないのに笑えるか」とか言うんだろ…。


「……ふん、可笑しくもないのに笑えるか……」


 予想通りの答えが返ってくる


「……でしょうね」


 あまりに思い通りの答えだったので、思わずフッと笑う。


 すると、

 烈火様もフッと微笑んだ。


「!」


「……先に笑ったから笑っただけだぞ……」


 そう言っていきなりギュッと抱きついてきたので顔は見えない。


「ちょ……」


 ここ最近、涼をとるためだけに添い寝させられてきたが、抱きつかれたのは初めてだ。

 引きはがそうとするが、女の力では敵わない。


「……あーもう、なんなんですか……」


 ため息まじりに呆れ声で言う。

 寝苦しい夜に、暑苦しいことこの上ない。


「お前の身体が冷たくて気持ちいいのが悪い」


 そう言って私の胸にちゃっかり顔を埋めたところで、私の中で何かがプツンと切れた。


「……そうですか、そんなに冷たいものがいいなら……」


 私は両手を組んでブツブツ唱えた。

 ボン、と煙と音が上がって、私のいたところには等身大の氷塊が現れた。


「!!」


 突然の冷たさに、烈火様が驚き、氷塊から離れて飛び起きる。


「な……ふぶきッ!!」


「私、警備の様子を見に行って参りますので。おやすみなさいませ。」


 天井裏からそう言い残して、私はさっさと立ち去った。


「……眠気が覚めたわ」


 烈火はそう呟いて氷塊を部屋からポイ、と捨てる。


(……少し、やりすぎたか……?)


 烈火はまた布団に仰向けになって天井を見上げる。

 ふぶきのいない部屋は再び温度が上がってきたように感じる。


 私は屋根の上から兵たちの様子を見ていた。

 皆、寝入ることもなく、しっかり警備の仕事にあたっている。

 風はぬるく不快だったが、私の機嫌は悪くはなかった。


 烈火はふぶきの、ふぶきは烈火の突然見せてくれた笑顔を思い出す。


「……ふっ」


「……ふふっ」


 烈火様と私は、違う場所で同時に笑っていた。


〈続く〉

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