第2話 好きなもの

「好きなもの……ですか?」


「うむ」


 明王院みょうおういん烈火れっかの執務室。


 烈火様が執務中に突然私――くノ一・ふぶきを呼び出して、何事かと思えば「暇だから俺が仕事している間に何か話をしろ」ということらしい。


 ……仕事してるなら暇ではないだろ。


 一人で仕事してると耳が寂しいとか、まだ仕え始めたばかりだから親睦を深めておきたいとかそういうことなのか、と一人で納得して、まあ主の命に逆らう理由もないので話題を探す。


「そうですね……何を話せばいいですかね」

「何でも構わん」

「はあ……何でも……」


 何でも、って言われてもな……

 急に言われると何も思いつかないものだ。


「早くしろ……仕事が終わってしまう」

「終わるならいいじゃないですか」

「お前の話を聞くまで仕事を終わらせるわけにはいかぬ」

「……なんか目的が入れ替わってません?」

「気のせいだ」


 そうか……気のせいか……。

 しかし上司に何を話せばいいんだろう……。

 他の兵士さんとは勝手が違う。特にこの人、気難しそうだし。


「……何も話せぬか」


「……正直なところ、自由度が高すぎて何も思いつきません」


 素直に言うと、


「そうだな……ではお前の好きなものでも聞こうか」

「好きなもの……ですか?」

「うむ。趣味だろうが食べ物だろうが何でも良い。話せ。」


 烈火様、完全に手が止まってるんだが、いいのか……?

 烈火は身体ごと私を向いて座っている。


「好きなもの……そうですね……あ」


 少し思案にふけっていた私は思いついた。


「美しいものとか好きですね」


「美しいもの……」


 ああ、これだと抽象的すぎるな。


「青空とか夕焼けとか、美しい景色も好きですし、美しい人も好きですね。男女問わずなんですけど……一番好きなのは富士国ふじのくに千夜姫ちよひめ様ですね! 本当に美人さんでたまらんです!!」


「……」


 あっ、ちょっと熱心すぎて烈火様にヒかれたっぽい……!

 自分はなんでこんなに必死なのか、なんだか恥ずかしくなってきた。


「……千夜姫……あの薄気味悪い女か……あれのどこがいいのだ」


 ……。

 あれ、なんか烈火様が話に乗ってきた……。


「可愛いじゃないですか、おとなしめで、いつも雅光まさみつ様の後ろにくっついて」


「……そうか」


 烈火様は納得がいかない様子だったが、まあそのへんは人の好みだよな……。

 ちなみに千夜姫様と雅光様とは、富士山を擁する『富士国』を治める戦国武将のご夫婦である。緋色ひいろ雅光まさみつ様は炎属性の龍人族、千夜姫様は闇属性の魔人族。

 ……それにしても、烈火様と雅光様、同じ炎属性でもだいぶタイプが真逆だなあ。

 雅光様が燃え盛る情熱的な殿方ならば、烈火様は静かに燃える、炎というよりほむらという表現が近い。


「まあ、この軍にいるのも美しいものが毎日見られるからですかね」

「? ……青空や夕焼けくらい、何処でも見られるであろう」

「……そうですね。……お仕事、しなくてよろしいんですか」

「そろそろ終わる」

「では、そろそろ失礼いたします」


 そう言って、私は返事を聞く前にヒュッ、と消えた。


「……あーあ、何言ってんだ私は……」


 私は屋根の上で青空を眺めていた。

 烈火様が自覚がないのか気付かなかったからいいものの、本人の目の前で「美しい」なんて。


「――まるで告白じゃないか」


〈続く〉

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