異世界戦国~雪女と人狼コンビの国盗り合戦~
永久保セツナ
第1話 勧誘
まいったなあ……。
縄で縛られた私はため息をつきたいのをこらえながら、目の前の男を見ていた。
――私の名前はふぶき。名字はない。北の果てにある忍の里で生まれ育った、雪女の
この世界は『裏日本』と呼ばれている。裏ということは表もあるのだろうが、私は行ったことがないから知らない。『表日本』から来た人間も過去にはいたらしいが、全員属性を持っていない弱い人間だったためすぐ殺された。
ここ、裏日本では、生まれてくる生物は種族を問わず全員『属性』を持っている。炎、水、氷、雷、風、光、闇、その他色々。ごくまれに『無属性』も生まれてくるが、この戦国時代においては出世は難しいであろう無力な存在だ。無属性の戦国武将なんて今まで一度も誕生していない。せいぜいが足軽か町人といったところだろう。
そして、目の前の男――
どうして現在こんな状況になっているのか、話は数刻前に遡る。
私はフリーランスの忍者である。普段は何処の城にも属していない。金には常に不自由しているが、気楽な稼業ではある。
そんな私は今日は仕事の依頼が入ってこなかったので、合戦の終わった戦場跡に入り込み、戦死した武士の死体から金目の物を漁っていた。鎧は戦でボロボロだが、刀や兜なんかは金属だから融かして再利用できるので高値で売れる。もしかしたら名のある刀剣や槍を所持していた武士もいるかもしれない。
と、死体漁りをしていたら突然謎の軍団に襲われた。
死体と同じ装備、戦場にはためいているものと同じ旗を見るに、どうやら同じ軍の兵士らしい。
金に目がくらんですっかり油断していた私は、忍術で抵抗はしたものの多勢に無勢、あっという間に囲まれ捕まった。
ヤバい……軍の備品を盗もうとした罪で処刑されてもおかしくない。
敢え無く生け捕りにされ連れてこられた場所は、何故か牢ではなく、
この城の主、明王院烈火は、自称『太陽の
こいつの軍に捕まったと知ったときは血の気が引いたものだ。私の人生はこれで詰みである。どうあがいても処刑だろう。
「貴様が
左右に兵士が並んで控えている奥で、頬杖をついてこっちを眺める明王院……。
人狼族の長というだけあって、見た目は人間とそう変わらないが、高級そうなもふもふの毛皮を身にまとっている。
「人の軍の備品を漁る野良猫がいると聞いたのでな」
「……」
……もしかしてアレかな。
君主直々に斬り殺す気なのかな。それとも焼き殺されるのかな、私。
眼だけ動かして逃げる隙を探してみるが、目の前の城主は頬杖なんてついているが油断なく気を張っているのが分かる。
少しでも動いたら兵士に殺されそうだし……。
「……まあ良い」
ふっ、と息を吐いて、明王院は頬から手を放し、私を見据えた。
「貴様は何処の城にも属しておらぬと聞く、我が軍で飼ってやる」
……なんか勧誘された。
というか拾ってやる宣言された。
――どうしようかな。
勝手に飼ってやるとか言われても困る。
今の生活のほうが金に不自由はするけど気楽だし。
あと、上から目線が気に入らない(実際格上の人間だけれども)。
……無理矢理トンズラするか。
「折角の有難いお言葉をいただき申し訳ございませんが、私は既に
深く一礼して一息に述べる。
「芋河原軍に……?」
「はい、実はこちらに参る以前に
ちなみに芋河原――私は『
下げた頭を上げて、明王院の様子を見る。
明王院は私の言葉に眼を細くした。
「そうか、それは残念だな……だが、」
明王院は、すっと手を挙げる。
「貴様に拒否権はない」
その場にいた兵士たちが全員立ち上がる。
囲まれた……!
「い、芋爺! 助けて……!」
ひゅっ、と音と縄を残して、私はその場から消えた。
「に、逃げた!」
「芋河原の元に逃げ帰ったか!」
「いかがいたしますか、烈火様……!」
「……追え。決して逃がすでない。芋河原軍と交戦しても構わん。あの女を捕らえよ」
「「「はっ!」」」
……。
兵士たちは全員芋爺の領地である南国の桃源郷に向かったらしい。
たくさんの足音が小さくなっていく……。
私は城の屋根の上で風に吹かれて立っていた。
とっさについた嘘だが、上手くいったみたいだ。
芋爺と仲がいいのも勧誘を受けたことがあるのも本当だが、芋河原軍に入ったのは嘘。
あの芋爺なら明王院軍相手でもなんとかするだろう。
でも、あとでお酒もって謝りに行こう……。
「さて、あとは――」
「北へ向かうのか?」
「!?」
振り返ると、あの太陽の御子が立っていた。
「我が軍を南へ向かわせ、自分は北へ逃げる……咄嗟に考えたにしては上出来だが、俺を欺こうなど百年早い」
「……どうして」
「軍に入った者が金に困って戦場で金目のものを漁るか」
ふん、と鼻を鳴らして、明王院は刀を構える。
――全部、見抜かれてる。
「……明王院軍が桃源郷に向かったのも演技、ですか」
「実際に向かわせた」
「……!?」
「貴様を捕らえねば処罰を加えると言っておいた。今頃死ぬ気で芋河原軍と戦っているであろうな……双方、それなりに犠牲が出るであろう」
「な……なんでそんな意味のないことを……!」
「さあ……何故であろうな……?」
こいつ、やっぱりどうかしている。
「さて、今一度言う。我が軍に来い」
こうなったら正面突破するしかない、と苦無を出そうとしても炎の輪に縛られる。
「あっ、つ……ッ!」
手から苦無が落ちた。
「拒否権はないと言ったはずだ……」
顎に手をかけられ、無理矢理上を向かされる。
感情を微塵も出さない冷たい顔と、いやでも目が合う。
「どうしてですか。何故ここまでして私にこだわるんですか」
私は有名な忍でもないし、何か特別な功績があるわけでもない。
先日も雇われた某軍が劣勢になった途端、裏切って逃げたばかりだ。
主より自分の命を優先するなど、忍として半人前だ。
何処の城にも仕えていないのも、自分の腕に自信があるというより自分の自由に動きたいだけ。
そんな自分に執着する理由が、私には分からなかった。
兵士さんを無意味に犠牲にしてまで……?
一方、明王院のほうは、
(……一目見て気に入ったからとは言えんな……)
理由を考えていた。
「……そうだな、例えば貴様を捕らえる際、貴様の戦いぶりを見たのだが、結局捕まりはしたものの、こちらをなかなか苦戦させた。それなりの戦力はあると判断した」
「……その時、貴方いましたっけ」
「兵士どもの報告だ……俺と対面した時も礼儀はしっかりわきまえていた。俺はそういう駒が欲しいと思っていた」
「な、なるほど……あの時から既に採用試験だったのですか……!」
明王院が適当に言ったことを当時の私は勝手に解釈して納得していた。
「……で、我が軍に来るのか来ないのか。返答次第では貴様を殺す」
「それ来るしか選択肢ないじゃないですか……入らせていただく代わりに明王院軍を撤退させていただけませんか? 兵士の皆さんが流石に可哀想なので」
居もしない私のために芋爺と戦う兵士さんたちが哀れすぎる……。
「よかろう。良い返事が聞けて嬉しいぞ……」
くつくつと笑う明王院――いや、今日から烈火様か。
……この人は何考えてるのか良く分からん。
「ではまず、お給金と福利厚生の話から……」
「……貴様、自分の状況を分かっているのか。……まあ、いい」
烈火様と私は話しながら屋内へ戻っていった……。
その後。
「ごめんなさい芋爺、ご迷惑をおかけして……」
私は北国の名産品のお酒を手土産に芋爺に謝罪に行った。
「なぁに、お嬢ちゃんが撤退させてくれたおかげで、誰も怪我せずに済んだとね。就職先も決まってよか」
「はい……就職先がちょっと不安ですけどね」
持ってきた酒を、芋爺は早速飲んでいる。
私は芋爺に酒を注いだ。
「明王院烈火に意地悪されたら、すぐにおいに言いんさい。おいがやっつけてやるぞね」
「ふふ、はい。ありがとうございます」
私はスッと立ちあがった。
「……もう行くとね?」
「はい。ちょっと兵士さんたちが心配で」
今日は晴れなので烈火様の機嫌は比較的良いと思うが、少し目を離すと兵士さんがどんな目にあっているのか……。
「また遊びに来ますね!」
「元気でなー」
私は指笛で呼んだ大鷹に掴まり、火輪国に向かって飛び去った。
〈続く〉
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