第25話 (焼いて煮て食ったろか)


「ありがとう」

「いえ。むしろ、余計に買わせてしまって……」

「嬉しかったよ」


 颯太が買ったヘアゴムを渡すと、篠はすぐに封を開けて、値札を切り取った。手ぐしで髪を整えると、渡したゴムでサッと結ぶ。


 今日の装いには、少しだけチグハグだ。だが、めちゃくちゃに可愛かった。


「似合います」

「ありがとう。もう一個褒めて」


 無茶ぶりを受ける。颯太はさほど、語彙が無い。

 顔を思いっきり顰めながら悩んだあと、口を開いた。


「……人形みたいです」

「ふふ。ありがとう」


 篠はにこにこにこ顔で颯太の手を握る。

 片手しか使えない不便な買い物にも、今日一日で随分と慣れてしまった。不便だが、不快では無い。


「颯太はいっつもどんなとこ行くの?」

「この中だと、本屋とか、CDショップとか――」

 あとは、と言って、スポーツ用品を売っている店の名前を告げる。


「行ってみたい。颯太が普段どんなの見てるのか知りたい」

「多分、全然面白くないっすよ」

「颯太が面白いなら、それでいいよ」


 言っている意味は、なんとなくわかった。先ほど、雑貨屋で篠を待っていた時のような気分だろう。他の客の視線は気まずかったが、篠が楽しそうなのは嬉しかった。


「じゃあ行きます?」

「うん」


 エレベーターに乗り、スポーツショップのある階で降りる。

 スポーツショップのある階は、若い男が多かった。行き交う男子に、篠がじろじろと見られているのを感じる。


(うざ……。あそこの奴ら、完全にこの人の足見ている。見んじゃねーよ。減るだろ)


 繋いだ手を少し引いて、自分の体に近づけた。篠は文句一つ言わず、颯太にそっと寄りそう。


 通路よりも、店に入ってしまった方が陳列棚があるため、人の視線を遮れる。

 さっさと店に入ってしまおうとした颯太は、店の手前で声をかけられた。


「あ! 颯太じゃん!」


 声がした方を向くと、中学校時代の同級生がいた。中学の頃の女子バレー部員で、元カノの友人だった長谷川だ。


「久しぶり! なーにしてんのー?」

 きゃあ、と何故かテンション高く近寄ってこられ、颯太は体を引いた。後ろにいた篠にぶつかりそうになり、慌てて姿勢を保つ。


「大丈夫ですか」

「うん」


 篠が軽く頷くと、声をかけてきた長谷川が驚いた声を出す。


「わっ、ごめん。人といたんだ。……え? デート?」


 颯太の陰に隠れていたため、篠に気付かなかったらしい。長谷川がじろじろと篠を見た。


(なんでそんなこと、こいつに教えなきゃなんねーの)


 長谷川とは、友達と呼べるかも曖昧な付き合いだ。ただ”バレー”と”元カノ”という接点があっただけの存在に、どこまで言わなくてはならないのか戸惑う。


「こんにちは」

 颯太が戸惑っているのに気付いたのか、篠がふんわりと笑って長谷川に挨拶した。


「あ、はい。こんにちは。颯太と小中一緒だった長谷川です」


「花茨です」


 篠が微笑むと、長谷川は息を呑んで数秒固まった。


「からかう気も失せるほどの可愛さだわ。颯太あんた、面食いだねー……美和も可愛かったもんねぇ」


(こいつ馬鹿だ)


 なぜ、長谷川を友達と認定していなかったのか、颯太は鮮明に思い出した。こいつは一言も二言も多かったのだ。

 デートかと聞いてきたくせに元カノの名前を出すなんて、わざとで無ければ相当やばい。


(わざとでも性格歪みすぎだけど)


 颯太はそろりと篠を見た。

 篠は笑顔のまま、長谷川を見ている。


 微妙な顔をした颯太に気付かないのか、長谷川は颯太の入ろうとしていたスポーツ店を見た。


「店行くの? 私、シューズケースが壊れちゃってさ」

「へえ」

「なんか新しいの買おうと思ってるんだけど、颯太いいの知らない?」

「や、知らねえ。女バレのやつに聞けば?」

「今それこそ美和と来てるんだけど、美和も新しいの買おうかなって言ってて」


 すぐに別れると思っていたのに、まさか立ち話が始まるんだろうか。


「美和が、今のシューズケース、前に颯太と選んだって言ってたから――」


(あ、わかった。こいつわざとやってるわ)


 何故か知らないが、わざと篠に聞かせようとしているらしい。篠も空気を察したのか、颯太を仰ぎ見る。


「私がいたら部活の話、しにくいかもだから、違うお店で待ってるね」


 颯太はぎょっとした。篠が手を離そうとしているのを感じ、慌てて握り込む。


(まさかこの人が、こんな簡単に手を離そうとするなんて……)

 初めての焦燥感に、颯太の胸がバクバクと鳴る。


「いやいや、何言ってんすか。駄目です。危ないんで」

 篠を一人になんてすれば、先ほどからじろじろ見ている男達がすぐに声をかけにくるに違いない。


「何それ危ないって。過保護すぎない? そんな天然ちゃんなの? 美和とはタイプ違うね」

 やっかみの混じった声で、長谷川が篠に言う。


「つか次の彼女早すぎない? 高校生活エンジョイしすぎでしょ」

「は? 関係無ねーだろ。つか四ヶ月も経ってるし」


 言って、気付いた。

 四ヶ月は多分、では無い。


 篠と会ってからペースを崩されてたせいで、もっと時間が経っているつもりだった。

 今の流れで「美和」が元カノと言うことは確実に伝わってしまっただろう。まだ元カノに未練を残しているかもなんて、篠には誤解されたくは無い。


 思わず篠を見る。

 颯太と目が合うと、篠は少し逡巡した後、にこりと笑った。


(あ。――この顔、初めてされた)


 一分の隙も無い完璧な笑顔に、まるで見えない壁を作られてしまった気がして、ぞっとする。


(さっき、睨まれた時は嬉しかったのに――なんで笑われて、ショック受けてんだよ)


 颯太は八つ当たりであることは自覚しつつ、顔を顰めて長谷川に言った。


「どれがいいとかマジわからんし、店員に聞いて」

「えー。美和、今から呼ぶし、一緒に選んでよ。あ。彼女さん怒っちゃったりする?」

「呼ばなくていいから。俺らもう帰るし」


 長谷川は不機嫌な顔を隠しもせずに、颯太を睨み付けてくる。

 もしかしたら、美和に義理立てして欲しかったのかもしれないが、別れたもんは別れたのだ。別れるというのは、そういうことだろう。その後の人生にぐだぐだ言われても、知ったこっちゃない。


「え、もう帰るの?」


 長谷川と話している時はずっと黙っていたのに、心底驚いたという声で、篠が言った。


 ささくれていた颯太の心が、柔らかく撫でられる。


 滲み出る笑みを浮かべ、颯太は篠の手をぎゅっと握った。


「篠先輩、行こう」


 じゃあな、と声をかけて長谷川から離れる。篠は颯太に手を引かれるまま、ついてきた。





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