第23話 (ばれた)
「何か食べたいものありますか?」
ジュースを飲み終えると、颯太と篠はまた手を繋いでショッピングモールを歩いた。フードコートは夏休みのせいか大賑わいで、席を取るのは早々に諦めた。
「颯太がいつも食べてるものがいい」
「俺がいつも……」
(何食ってたかな)
一気に、今までの記憶が飛んでしまったように、普段何を食べているのかわからなくなった。
「……牛丼とか?」
「牛丼のお店、あるかな」
「いや、流石に無いんじゃないすかね……」
篠と並んで、案内板を見る。普段よく行くチェーン店は入っていなかったが、見知らぬ名前の丼もの屋があった。すぐにそこに決め、エレベーターに乗って移動する。ちょうど昼時だったため、店の前には行列が出来ていたが、篠は文句も言わずに最後尾に並んだ。
「あ、肉うどんがある」
ガラスに囲まれた食品サンプルを見て、篠の目が輝いた。ディスプレイ側に並んでいる篠の背から、颯太も商品サンプルを覗き込む。
「肉うどん好きなんすか」
「うん。好き」
篠の肩から顔を覗かせていた颯太は、篠を見た。篠はキラキラと目を輝かせ、ガラスに貼り付くようにして見ている。
「じゃあ篠先輩、肉うどんですね」
「牛丼食べに来たんだよ」
「牛丼はまた食べに行きましょう。俺がよく行くとこは、肉うどん無いですし」
篠が首を回して颯太を見た。彼女の肩から顔を覗かせていたため、かなりの至近距離で見つめ合う。
「そこ、今度連れてってくれるの?」
「いいっすよ。近いから、篠先輩も行ったことあるかもですけど」
「ううん。私、牛丼屋さんって入ったこと無い」
(そんな人間がいんのか。ああ、人間じゃ無くて天使だったわ……)
自分で自分に突っ込むと、颯太は「じゃあ次の休み行きますか」と言った。
篠がふわわっと笑った。
(この人のこの笑い方、俺、すげえ好きだわ)
どうやったらあんな風に笑えるのか、見当も付かない。真似しようと思っても、きもい結果になるだけだろう。
笑っていればもっと笑わせたくなるし、喜んでいたら叶えてやりたくなる。
次の休みはいつだったか。颯太は背をただし、篠の横に並び直すと、スマホで予定を確認し始めた。
***
はふはふはふ。
犬は、体温を調節する時、舌で呼吸をするらしい。
はふはふはふ。
必死に麺をすすり、呼吸を整え、また麺をすする篠を、颯太は肘をついて眺めていた。
「ま、待ってね、ごめんね」
机の上に置いていたハンカチを顔に当てながら、篠が何度目かわからない謝罪を繰り出した。
「いいっすよ」
「ごめんね。いっつも遅いけど、あったかいのは更に遅くって……」
「いやほんとに。全然気にしてないんで」
顎を乗せていた手のひらをひらひらとさせるが、篠は疑い深い眼差しを向けた。
「スマホとか見てていいからね。退屈でしょ?」
(んなアホな)
退屈どころか、必死に麺に息を吹きかけ、なんとか麺をすする篠は、最高の退屈しのぎだった。
「いえ、篠先輩見てるの面白いんで」
篠は一瞬押し黙り、耳に髪をかけようとして、止める。
なぜ止めたのかわからずに、颯太は手を伸ばして篠の髪を耳にかけてやった。
颯太を止めることは無かったが、篠は少し顔を逸らし、目をぎゅっと瞑る。
どうしかしたのかと、髪を耳にかけた篠を覗き込む。
目を瞑っていても、颯太が顔を覗き込んでいるのがわかったのか、篠は顔を逸らしたままこちらをチラリと見た。
(あ、耳。赤い)
篠の耳が桃のように赤くなっている。柔らかく甘そうな耳を見て、さっきも篠の耳が赤くなっていたことを思い出す。
「……篠先輩、耳、赤くなりやすいんすか?」
「言わないで……」
篠は全く赤くなっていない顔を、両手で覆った。手でも髪でも隠されていない耳は、篠の態度に呼応するように更に赤くなる。颯太は篠の形のいい、桃色の耳をまじまじと見た。
割合、どんな時でも平然としているなと思っていたが、どうやら篠は顔に気持ちが出にくいタイプだったらしい。恥ずかしい時などは、こうして耳が赤くなるのだろう。
上から見下ろすと、いつも篠の耳は髪に隠されていて見えなかった。つむじばかりが見えていたのは、もしかしたら篠が意図的に隠していたのかもしれない。
髪で隠されていた篠の秘密を知り、颯太は嬉しくなった。
「顔は赤くならないんすね」
「顔には出にくい方なの。助かってる」
はぁ、暑い。と手を扇にして篠が自分の顔を仰いだ。じっとりとかいている汗は、肉うどんのせいだけではないだろう。
年頃の女の子の顔が赤くなっても、何も問題は無いはずだ。なのに、篠は「助かってる」と言った。
人より可愛いばかりに、いらない苦労を背負っている。
儚げで、人畜無害で、天使のような篠。
けれど、存外大雑把で図太くて、頑張り屋でもある。
つい手を差し伸べたくなるが、一人でもきちんと立てる人だということは、そばで見ているとわかった。
手を引かれるのを待つのでは無く、自分から引っ張って行く方が多いことも、知っている。
助けを待つのでは無く、自分を守るために戦っている。
「顔、赤くはなるんですか?」
「わかんない。自分じゃ見えないし、耳は熱くなるからわかるんだけど」
ふぅん、と颯太は肘についた手に顎を載せた。
「じゃあ今度、頑張って赤くしてみてください」
「えっ」
「俺がいれば、周りに人いても大丈夫でしょう?」
「う、うん」
うん、と言って、篠は肉うどんに向き直った。返事をしたくないからか、うどんをまたすすり出す。
必死にはふはふする耳は真っ赤だ。
頬にかかった髪に指を伸ばし、赤い耳にかけてやった。
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