第6話 糾弾
冬休み前、最後の日。俺はメッセージアプリでみくるに伝言した。
「今日の放課後、誰も居なくなるのを待って、教室に来て欲しい」と。
黄昏時。夕陽の差し込む教室は、燃えるような橙に染め上げられる。
二人きりで写真選びをした時と、そっくりな光景に思えた。違うのは、あの時は閉められていたカーテンが、今日は開けられていることだろうか。おかげで、今日の夕陽は遮る物のない窓から降り注いで俺の目を焼いた。
「話って、なあに?」
窓を背に立つみくるは、それは美しかった。いっそ神秘的ですらあった。
背負う夕陽はまるで後光が差すかのよう。微笑む口もとは、まるで慈悲深い女神のようだった。
しかし、その目に宿る光の色だけは、強い逆光のせいで知ることは叶わなかった。
困ったな。これじゃあ、作り笑いの得意な君の真意が、分からなくなってしまうじゃないか。
それでも、もう後には退けない。少しずつあらわになっていった綻びは、もう手遅れなところまで来てしまった。
「聞きたい事があるんだ」
自分の声が、遠くから聞こえてくるような気がした。口の中が乾ききっている。嫌な汗が背を伝う。
「うん。どうしたの?」
彼女の声は静かだった。ただ静かに、微笑を崩すことなく佇んでいた。
でも、よく見てみれば彼女の指先は小刻みに震えていて。きっともう俺が何を言おうとしているのか気付いてしまっているのだ。
それでも、みくるは逃げずに此処で待っていてくれたのだから。俺も、覚悟を決めなければならない。
「教えてくれ」
彼女の手を見つめた。目を合わせるのが怖かったからだ。
大きく息を吸い込む。そして、怯えを、逡巡を追い出すように、吐き出した。
ゆっくりと顔を上げて、彼女の双眸を見据える。そうして、俺は言葉を続けた。
「俺たちは、本当に恋人同士だったのか……?」
みくるの笑みが、哀しげに歪む。
「気付いちゃったんだ、ね」
俺の疑念が真実だと、肯定された瞬間だった。
「どうして、分かったの?」
彼女の声が震えている。スカートを握りしめた指先は、白くなるまで力が込められている。
「日記、つけてたんだ。君と出会った日の事も、その後一緒に過ごした時の事も、全部書いてある」
君に全部話すよ。俺が気付いた違和感の正体を、包み隠さず、全部。
目が覚めてすぐ、日記を確認した。日記を書いてたことは覚えてたんだ。君の、恋人だって言葉が、本当はちょっと信じられなくてさ。何か書いてあるんじゃって、そう思って。
でも、そこに書いてあったのは君が好きだって事ばかりだった。驚いたよ。殆ど全部のページにみくるの事が書いてあるんだ。好きって事だけじゃなくてさ、誰にも取られたくないだとか……まあ、そういう『恋人』に対して抱く感情が、たくさん残されてた。
だから、俺は本当に君の恋人だったんだって、そう、結論を出した。
「そ、れなら……どうして」
「違和感を感じたのは、結構最近だよ」
みくるのお父さんに会った時、俺の事知らないみたいだっただろ? 最初は、親に秘密にしているのかと思った。でも、みくるのお父さんだけじゃない……誰も、俺たちが付き合ってるって知らなかった。それで、おかしいと思ったんだ。
だから、どうして誰も知らないのか、本当の事が知りたくて、日記を君に会った最初の日から、読み返すことにしたんだ。それで、気付いた。本当に俺たちが付き合ってるなら、必ずある筈の記述が無かったんだ。
「必ずある筈の……? それは、一体」
思い当たらないらしく、みくるが眉を顰め、首を傾げる。そんな様子すらも画になるなあ、だなんて、場違いな事を考えてしまう。
さあ、答え合わせをしよう。俺は小さく笑って言った。
「『付き合い始めた日』の事だ。あの日記には、告白したりされたりした話が一切書いてなかった。出会ってから一度も、俺たちの関係は明確に変わってはいなかったんだ」
彼女から、俺の顔はどんな風に見えているんだろう。緊張しすぎて、表情筋の動かし方を忘れてしまったようだ。怖い顔に、なっていないといいのだけれど。
「そっか……そう、だよね。こんな嘘がいつまでも続く訳がなかったんだ」
みくるの声はどこまでも弱々しかった。泣くのを必死で堪えているような、震え声だった。
じっと足元を睨みつける彼女は、俺と視線を合わせてはくれない。
「ごめん、ね……」
静寂が支配する教室に、かすかな声は呑まれて消えた。
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