第5話 違和感
それは、冬休みが間近に迫り、俺がすっかり学校に馴染んだ頃に起きた。
学校帰りに、校門の近くでみくるを見つけた。基本的に、いくつかの部活を掛け持ちしているらしい彼女と、帰宅部の俺では帰る時間帯が重ならない。だから、物珍しかったのと、たまには一緒に帰ってみたかったのとで、俺は彼女に声をかけるべく近づいた。
「みくる!」
「え、あ、柊人君?」
冷え切った手を取ると、彼女はなぜか困ったように視線を彷徨わせた。
「あの、ごめん、今日は」
「どちら様ですかな」
焦る彼女の後ろから、見るからに高そうなスーツを着込んだ男性が現れた。険しい顔をして、俺たちを、もっと正確に言うなら、繋がれた手を見下ろしていた。
「あ、お父さん……あの、この人は、その」
どうやら彼はみくるの父親らしい。それにしては、彼女に向ける視線が冷たすぎるような気もするけれど。
しどろもどろになっているみくるに向かって溜め息をついた彼は、今度は俺を睨みつける。質問に答えろ、という事らしい。
「初めまして。俺は、みくるさんの」
「友達です!」
恋人、と言おうとしたのを遮ったのは、ほかでもないみくるの叫び声だった。どうして、と戸惑う俺と目を合わせず、彼女は走り去る。踏みつけられた枯葉がくしゃりと音を立てた。彼女は父親に連れられて、これまた高そうな黒塗りの車の中に消えていった。
「あまり、この子に深入りしないで頂きたい」
吐き捨てられた台詞の意味を理解することすら儘ならず、去っていく車を見つめて、俺は呆然とその場に立ちつくしていた。
次の日になって、みくるからは謝罪された。曰く、彼女の父親はとある大企業の社長らしく、あの日はみくるを伴って会合に出ることになっていたのだと言う。
「親に俺の事話してなかったんだ」
「うん」
「まあ、そんなに気にしないで。俺だって、親に言ってなかったみたいだし。みくるの事恋人だって言ったら、驚かれたよ。驚きすぎて『もっと早くいいなさいよ!』って。今の俺に言っても意味ないって事も頭から抜けてたみたいだった」
「うん……」
彼女は終始ぼんやりとしていた。なんだろう。何か、拭えない違和感を覚える。みくるは、こんなおどおどとした性格だっただろうか。勿論、俺が彼女の全てを知っているなんて、傲慢もいい所だけれど。
でも、昨日から何か違和感というか、不安感というか、とにかく嫌な感じがするのだ。ただ、それはずっと前から俺の中にあったような、それが昨日の一件で表層化しただけにすぎないような……。
「とにかく、元気出せよ」
そう言い置いて、その日はもう彼女と話さなかった。
家に帰って、俺は日記を開く。この違和感を払拭するための手掛かりがある事を願って。今日読むのは記憶を失った後の内容だ。両親と姉に、恋人がいることを話した日のページ。
姉さん、驚いてたな。「今まで全然、そんな様子なかったのに!」って。
そこまで考えて、俺は違和感の原因らしきものに思い当たった。いやでも、そんな筈は。
自分で思いついた仮説を否定したい俺は、必死で日記のページを捲った。開いたのは、初めて彼女と話した日。そこから順番に、全てのページに目を通す。
「いたっ」
焦って紙で指を切ってしまった。早く、早く読まないと。絶対、どこかにある筈なんだ。
その日、夜通し日記を、何度も何度もページに穴が開くほど読み返した俺が出した結論は、「恐らく俺の最悪な仮説は正しい」という事だった。
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