第4話 失われた過去

『今日は、クラスの役職決めをした。俺はアルバム委員になった。別にやりたかった訳じゃない。行事の度にカメラマンをやらされるなんて、面倒で仕方ない。業者に頼んでるんだから、わざわざそこに生徒の撮ったものを入れなくたっていいじゃないか。

 まあ、考える事はみんな同じだ。写真部の日森ってやつが立候補して、残りの一枠が押し付け合いになった。このまま傍観していてクラスの雰囲気が悪くなるのは嫌だった。一年過ごす集団がギスギスしているとか、地獄だろ。だから仕方なく、手を挙げたんだ。

 そうしたら、日森に「君は良い人だねえ」なんて言われてしまった。何だよそれ。俺は、全然良い人なんかじゃない。流されて生きてきただけ。ただ、それだけなんだ。

 それなのに、あいつが無邪気に笑ってそんな事を言うから、罪悪感で押しつぶされそうになる。ちゃんとやらないと、と思う。一緒にやるのが日森じゃなければ、手を抜けたのに。』


『今日は、文化祭だった。日森のメイド喫茶のシフトは明日に詰め込まれているらしく、一緒にあちこち見て回った。彼女は、行く先々でクラスの奴らを見かけては、カメラを構えた。「きれいに撮るコツ教えてあげるから」と連れ出されて、最初はあまり気乗りしなかったけど、悪くなかった。カメラ片手に、目を輝かせて校内を歩く彼女は、確かに可愛いと思えた。楽しそうな彼女が眩しくて、何度も彼女に向けてシャッターを切ってしまった。

 一日目が終わって、一緒にカメラのデータ整理をしている時、日森が「柊人君」と呼んできた。今までは名字で呼んでたのに。でも、悪い気はしなかった。明日、俺も彼女を名前で呼んだら、どんな顔をするだろうか。特に興味も無かったメイド喫茶だけど、自由時間に彼女を見に行ってもいいかもしれない。』


『今日は、みくると二人で少し遠くの観光地まで行った。今度の林間学校までに、俺の写真の技術をどうにかするためだ。カメラの扱い自体は、文化祭の時に手取り足取り教えてもらったものの、俺には圧倒的に経験というものが足りない。それが彼女の診断だった。

 だから、今日二人で遊びに行って写真を撮りまくり、感覚を掴んでしまおうということだ。何もそこまでやらなくても、と何人かの友達には言われた。まあ、俺も正直なところそう思う。ただ、折角みくると一緒に出掛けられるのだ。これを逃す手はない。

 みくるが撮る写真も、写真を撮るみくるも好きだ。みくるはいつも明るくて、生き生きとしているけれど、写真を撮っているときは神々しさを感じるんだ。カメラを通して、普通の人には見えない何か特別な景色を見ているような気がして。

 それでいて、撮れた写真を嬉しそうに見せに来ると、また花が咲いたような笑みを浮かべて、それがすごく可愛い。

 彼女の撮る写真はどれも魅力的だ。俺たちが普段気付けずにいる被写体の美しさが引き出されている。でも、時々考えるんだ。彼女が唯一撮れない彼女自身を、あのカメラで切り取ったら、どれだけ人を惹きつけるのだろうかと。俺が、彼女と同じくらい上手になって、撮ってみたいんだ。

 初めて降り立った街ではしゃぐみくるはもうめちゃくちゃ可愛かった。有名な神社に行って、その後立ち寄った店で、アイスを分け合いながら食べて。お店の人に「彼女さん」と呼ばれて真っ赤になったみくるが可愛くて、つい撮ってしまった。もっと赤くなって、しまいに怒られたけど。店員さんにも笑われてたと思う。

 最後に撮った写真を見せあったら、二人とも半分以上はお互いを撮ってて、しかもいつ撮られたか分からないようなのもあって、びっくりした。俺の腕前も、大分良くなってると言ってもらえたし、今日は良い一日になった。』


「柊人ー? 入っていい?」

 いくつかのページをピックアップして読んでいると、ドアの外から姉の声が聞こえた。慌てて日記を閉じる。

「いいけど、どうしたんだ?」

 出来る限り平静を装う。姉は人の日記を覗き見るほど無粋な人間ではないらしいが、それにしたって不安にはなる。

「この前貸した本、返してもらおうと思って」

「ああ、ごめん。返すの忘れてたよ」

 本棚から件の小説を抜き出して渡す。その動作の間に、姉は日記帳が置きっぱなしの机の上に目をやったようだった。

「あんた、日記つけてたんだ」

「おう。そうみたいだな」

「あたしの事も書いてある?」

「まあ、多少は。でも、殆どクラスの人とかだよ」

 正確に言うなら、ほぼ全てみくるの事だ。

「そっか」

 姉はいやにしんみりとした口調で呟くと、俺の頭の上に手のひらをかぶせた。

「あんた、大変だね……全然、覚えてなくて。あたしの事も、よく分かってないんでしょ」

「……そうでもないさ。確かに覚えてはないけど。でも、姉さんが信頼できる人ってことは、なんとなく分かるから」

 なんとなく、だけれど、初対面の筈なのにやけに落ち着く人がいたりする。そういう人は、大抵記憶を失う前からそれなりの付き合いがあった人なのだ。不思議なものだと思う。

「そう……頑張ってね」

 姉は静かに部屋を出て行った。

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