第3話 日記
俺には、家に帰ってから必ずする事がある。
オルゴールの中に隠した鍵を取り出して、引出しを開ける。中から一冊のノートを取り出す。そしてそこに、その日の出来事を書き綴っていく。
この日記は高校に入ったその日からずっと書き続けている。おかげで、記憶を失くしても、今までの自分の詳細な行動を把握することができた。記録というのはどこで役に立つか分からないものだ。
ぱらぱらとページを捲って、かつての自分が書いた文字を何とは無しに眺める。少しずつ日付を遡っていくと、今日見ていた写真の時期、文化祭の頃に書いたページに辿りついた。
『今日は、文化祭二日目。アルバム委員の仕事で、ずっとカメラを持ってたけど、やっぱり綺麗に撮るのは難しい。みくるのと比べるから余計下手に見えるんだろうか』
『クラスの出し物はメイド喫茶だった。みくるがメイド服着てたけど、可愛かった。もともと顔もスタイルも良いからな。ほかの女子より様になってた気がする』
『暇な男子で集まって、客として入ったけど、あいつらみくるの事見すぎだろ。確かに可愛いけどさ』
『俺だけが見れたらいいのに』
日記の中身は、みくるの事で溢れていた。好きだ、とか、可愛い、とか、そんな事ばかり書いてあって、読んでいて気恥ずかしくなる。なにしろ、文化祭の準備期間頃からほぼ全ページに惚気話が挟まっているのだ。
でも、書いてあって良かった、とも思った。
あの日、みくるから自分たちは恋人だったのだと言われた時。俺は、彼女の言葉を半分疑ったのだ。もちろん、そんな嘘を吐いたところで、彼女に何のメリットも無いのだけれど。それでも、体感としては初対面の人間を、恋人だとは到底思えなかったのだ。
でも、この日記には、俺が彼女を好きだった事実が、大切だと思った記録が、残されている。
だから、信じてみようと思った。彼女と一緒に過ごしてみたくなった。俺の隣で笑うみくるを、心底愛おしいと思った。もっと彼女を知りたいと願った。
きっとこの感情を恋と呼ぶのだろうと、他人を知らない俺はそう考えた。
今日は、もう少しこの日記を読んでみようか。
俺はまた、一枚一枚丁寧に、ページを捲っていった。
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