第12.5話 お風呂

 俺は今、メイドさんに背中を流されている。

 どうしてこうなったのか。俺でも分からない。俺が分からなければ、分かるのは第二者のメイドさんだけだろう。

 メイドさんに「お風呂に入ってください」と言われ、服を脱ぎ大きな浴場の中に入り、体とかを洗おうとシャワーの場所に向かうと、いきなり浴場の扉が開き、「背中をお流しします」とか言い出して、俺の背後に来るとメイドさんは持っていたボディタオルで俺の背中をゴシゴシと洗い始めた。

 ちなみに、メイドさんは靴下を脱いでいるだけで普通にメイド服を来ている。


「何度も言ってるが、自分で洗うからだいじょう──」

「──いえ、こちらこそだいじょうぶです。ので」


 いや返答になってないんだが……

 しかし、目の前の鏡越しに彼女を見ても顔を赤らめるでもなく、挙動不審になるでもなく、淡々と背中をゴシゴシと洗い続けているところから、男の体に興味が無いというのは本当なのだろう。

 やがてメイドさんは、ゴシゴシと洗っていた手を止め、背中にシャワーの水を当て泡を流し終わると立ち上がった。


「では、反対を……」

「前は自分で洗えるが」

「遠慮は結構です」

「普通に結構なんだが?」

「そうですか……まぁワガママを聞くのもメイドの仕事ですので。……分かりました。今日は見逃してあげましょう」


 そう言うと、メイドさんがポケットからハサミを取り出し、チョキチョキと空気を切った。


「あなたのを洗う時に、ソレを切り落としてやろうと思っていたのですが。……まぁ、次にマ…………コ、コウタロウさんに近づいたら切り落とします」


 彼女がまた名前を間違えそうになった事は置いていて。

 やばい。

 こいつはやばいぞ?

 このメイドは皇大郎が好きというのは、何となく分かっていた。それに、ヤンデレっぽいとも思っていた。

 でも、ヤンデレを越えてメンヘラやんけ。


「冗談ですよ? 髪の毛を切るだけです。どうして一日でこんなに伸びたのかは知りませんが、変態は髪が伸びるのが早いと聞きますし。多分あなたはそのクールな顔つきとは裏腹に、ものすごい変態──超絶むっつりスケベなんでしょうね」


 まぁ、もしもの時は『修復』を使ってソレを直せば良いのだが、自分のソレが切られた姿は見たくないな。

 それに、何故勝手にむっつりスケベ認定されてしまったんだろうか。まぁ髪を切ってくれるのは嬉しいが。……ちょっとまて? 髪を切るとか言って耳を切り落としたりしないよな?


「ふふ、そんな、耳を切り落としたりしないよな? って顔しないでくださいよ。大丈夫。痛いのは最初──1個目だけですから。だんだん──2個目からは慣れてきますよ」

「耳は2個しかないんだが? ……やっぱり自分で切るので遠慮します。…………えっ? って顔するな。切るのは耳じゃないぞ? 髪だぞ?」

「ジョークですよ? メイドジョークです。しっかり髪を切りますよ。できるメイドは理容師と美容師の免許は一通り持っています。なのであなたに似合うのは……坊主ですね! じゃあ行きま──」

「おい、バリカンの電源をいれるな。俺がお前に初めて会った時みたいな髪型にしてくれ」

「初めて会った時……って、そんなこと言われて、その時とそっくりそのままに出来てしまったら、あなたの事をすごく見てたような感じじゃないですか………………まぁ見てないですけど」


 鏡越しに彼女の顔を見ると、赤くなって……はいなかったどころか、表情を1ミリたりとも変えてはいなかった。

 メイドさんはバリカンの電源を切り、ポケットしまった。


「じゃあ初めて会った時みたいにすればいいんですね? あんまり見ていなかったですけど……分かりました」

「なんかこうも素直だと、逆に怖いな」

「もうっ、私はできるメイドさんですよ? 見くびってもらっては困ります。前髪はオン眉、後頭部にはハート型の模様に剃るなんて、する訳ないじゃないですかぁ」

「だよな。逆モヒカンにしたり、眉毛を『うっかりっ』とか言って剃ったりしないよな」

「──げっ!」

「何が『げっ!』だ! もう上がる!」


 俺は立ち上がり、浴場の扉へと向かった。

 だが、髪の毛を洗ってないことを思い出し、先程とは違うシャワーのある場所へと向かった。

 すると、メイドもこちらへ向かってきた。


「すいませんふざけすぎました! しっかりと散髪しますので! この私──できるメイドに誓って」


 はぁしょうがない。まあ失敗したらまあ『伸縮』で伸ばせばいいだけだしな。


「はぁ……分かった頼むよ」


 俺がそう言うと、鏡越しに見えるメイドさんは、ポケットからハサミを取り出し慣れた手つきで散髪を始めた。


「あ、ちなみに私って髪の毛は乾かしたことしかないんですよね。結ぶことは愚か、散髪なんてやったことはないので、優しい目で見守っていてください」


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