第9話 異世界 3

 窓から飛び出した俺は、スキル「飛行」で自分の出せる出来るだけの速さで移動していた。出ている速度は恐らく高速道路を走っている自動車程度だろうが。

 しかも、剣を10本も持ってきてしまったため腕もかなりキツい。

 そんな俺は、異様に大きい月の方向へと飛んで行った。



 ◇



 ものすごく大きいな、と思い街を眺めながら数分飛び続け、俺はやっと街の入口が見える位置まで着いた。

 そこで目にした光景は、一生──下手したらまで忘れないだろう。

 人の体が上半身と下半身でちぎれてしまっている者や、頭からドラゴンのようなものに噛みちぎられている者、沢山いる緑色の小人が1人を滅多打ちにし、悲鳴がここまで聞こえた。

 俺は、喉まで上ってきた胃酸を飲み込み、入口の手前で地面に降りると、ローレインが立っていたので、俺はローレインの元へと向かった。


「ごめ──」

「話しはいいです! 今は兵士たちの援護に向かってください!」


 ローレインは何やら怪我人の手当を死ながら、俺の話を遮り言った。

 そうだな、こう話している間に人が死んでしまっているかもしれない。


「分かった。じゃあまた」

「はい! また


 俺は、ローレインに見送られながら、街の外へと向かった。



 ◇



 外は悲惨、むごい、惨烈──こんな言葉では表せないほどだった。

 人が木の幹に吹き飛ばされ、上半身が砕け散り下半身だけが刺さった状態のようになった者や、空高くから何人も地面に頭から勢いよく落ち、衝突し肩くらいまでが赤いものとなって飛び散ったり、狼のようなものに腹を噛みちぎられ、腸が出たまま這いつくばって助けを求めている者、ドラゴンのようなものが吐いた炎によって燃え、何事も無かったかのように塵になっていく者、人の形を模したものが、人の四肢をどす黒いオーラを放っている剣で切り落とし、腕も足も無くなった者を並べていたり。

 俺はそれを間近で見て、足がすくみ恐怖で言葉が出なかった。

 これが「恐怖」だと久しぶりに思い出した。



 ──怖い。



 俺は、怖くて目から涙がでいることに気が付いた。

 顔の筋肉は引き攣り、自分がどんな顔をしているのか見たくないほどの顔をしているだろう。

 俺の体は恐怖によって既に、思う様に動かなくなっていた。

 筋肉が固まり、脳みそが回らない。

 脳みそが回らないので「飛行」も上手く使えない。

 俺が持っているのは、この国で1番の剣10本と防具のみ。

 俺は、無惨に死んでいる人から視線を外し遠くを眺めると、大きな月に照らされている無数の影。


 そして、どす黒いオーラを放っている剣を持った者がゆっくりとこちらへ向かってきた。

 俺はそれに気づくと、剣を10個全部落としてしまい、落としてしまった剣の中から1つ、剣を手に取り、構えた。


 俺の持っている剣は震え、手汗で手元が滑る。


「……ザッザッ……」


 どす黒いオーラを放つ者がゆっくりと一歩一歩近づいてくる。


「……ザッザッザッ……」


 俺の見えている足の動きと聞こえる足音は全く合っていない。

 そして、俺の目の前にたどり着いたどす黒いオーラを放っている者は、どす黒いオーラを放っている剣を俺へと振りかざした。

 俺は「飛行」を使おうと試みたが、耳鳴りがし、視界がぐにゃっとぼやけ、思わず腕をどす黒い剣にかざした。


「──ザッ」


 その地面に踏め込むような足音とともに、目の前のどす黒いオーラを放っている剣と俺との間に、銀色に輝く剣が入り込み、俺へと剣を振りかざしていた者の腕が止まった。


「──────集中して!」


 俺は、どす黒い剣を抑えている、その声の主の方向に振り返った。

 そこに居たのは、俺の「複製」した防具をドレスの上から付け、俺の落とした9本の剣の1本を手に取った──ローレインだった。

 耳鳴りがなっている時に何か喋っていたのかもしれないが、聞こえたのは「集中して!」という部分だけだった。


 ──集中か。


 ローレインは戦いに集中しろと言っているのだろう。

 じゃあしてみようか。


 俺の目の前で、火花が出そうなほど擦れ合う剣と剣から目を閉じた。


 ──腕


 ──足


 ──剣


 ──


 ──強化


 俺は心の中でそう唱えた。


 ──今目の前で起きていることなんて一切


 ──自分の限界など


 ──自分の名前なんてどうでもいい。


 ──自分が何者かなんてどうでもいい。


 ──今は集中するんだ。


 ──────。


 ──腕が軽い。


 ──体が軽い。


 ──脳が回る。


 俺は目を開け、自分の構えている剣を見た。

 剣を横になるよう傾け、地面に踏み込む。

 地面を蹴り、横に構えた剣をどす黒いオーラを放つ者を通り過ぎ際、上半身と下半身の間を切り離すように斬り、そのまま5mほど前へ通り過ぎた。

 数秒後、俺が後ろを振り返ると、黒い塵が風に乗って流されていくのと、が立っているのが分かった。


「お、お見事です……」


 そのはそう言った。

 俺は上手く声が出せない。

 だが、体は軽い。頭も回る。

 俺は、残っている8個の剣を腕に抱え、に走った。

 速度はの時の10倍位はあるだろうか。

 途中現れる魔物は全て斬った。

 100、200、300と。

 途中剣は折れるが、その度に変えた。


 走った。


 走ったのだが──



 ──に走っている?


 ──俺は何をしている?


 ──俺は誰だ?


 思い出せない。

 思い出そうとすると体、頭、腕、足が痛く、壊れるように痛く。


 俺は立ち止まった。


 俺は

 すると、痛みが襲ってくる。

 それでもあのは思い出さなくてはと──思った。

 腕と足の筋肉がブチブチとちぎれる音がした。

 それでも思い出そうとした。


 そして、思い出した。

 それと同時に、俺の体はピクリとも動かず、機能しなくなった。


 そうか俺は、ローレインに助けられ、魔王を見つけるために走っていたのか。


 だが、もう俺のは途切れた。

 体は既に動かない。


 あそこからどれだけ離れただろうか。

 兵士の死骸も全くない。

 ここには、50メートル程の大きな魔物がうじゃうじゃと歩いている。

 あともう少しで魔王の場所だったのだろうか。

 あともう少しで──

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