第5話 異世界へゆく。5

 俺は何者かに連行され、外に出された。

 外はものすごい強風と豪雨で、もう髪の毛はぐちゃぐちゃ、服もびしょびしょで、体の体温が低くなっていくのが分かった。


 やがて、俺の腕を掴んでいた手が放され、目隠しが外されると、目の前には沢山の制服を着た生徒達が自転車置き場の屋根の下に立っていた。

 その生徒たちは皆、スマホを片手に構え、カメラをこちらに向けているようだ。

 そしてその群れの中から、赤い単発のヤンキーのような顔つきをし、体のガタイは俺の10倍くらいの男が雨に打たれながらこちらへ向かってきた。


「よぉ、シュウくん。今の気持ちをどうぞ?」


 そう言いながら、赤髪の男はニヤニヤと笑っている。


「シュウくん。足は大丈夫かなぁ? あとケツも。ケツが2つに割れちゃったんじゃないのー? あ、ケツは元々2つに割れてるか!」


 男はそんなつまらないネタを言ったが、周りにいた生徒は一斉に笑った。多分愛想笑いだが。

 いやまず、画鋲くらいでケツ割れないし。


「おうおう、相変わらずシュウくんは『無表情』だねー? なんか言ってよー? 今の気持ちを」


 今の気持ち? なんだそれ?


「ほら、みんなシュウくんがどんな気持ちか期待してるよー? きみはいつも『無表情』だからねー、


 あ、思い出した。こいつは小学生の時から荒くれてた不良だ。

 中学の時は1ヶ月に一回くらいしか学校に来なかったっけ? 喧嘩が強いって言う噂も聞いたことあるな。名前は知らんが。


「あ、そうだ。シュウくんは雨宮の家で働くから今日で退学するんだってな! じゃあ、なんでいじめられてたか教えてあげようか?」


 それは知りたいな。


「君が不気味だからだよ? 君が感情を全く表に出さずにずっと『無表情』で不気味だから、嫌われて、そこからいじめに発展したんだよぉ? ……あ、ちなみにいじめてたのは俺だけじゃないよ、ここにいる約50人全員が君の上靴やノートや机に落書きしたり」


 50人も俺の事いじめてたのか。


「今日の画鋲やカッターの刃をやったのも俺たちだ」


 なるほど。確かに踏んだ時は痛かったけど、今は痛みも引いてきた。


「それで? 今どんな気持ち? 怒ってる? 悲しい? こわい? 不安?」


 さすがにいじめはキツかった。

 お金も使うし、ノートは毎回書き直さなきゃいけないし。

 でも、ノートの場合はそのおかげで勉強にもなったから怒ってないし、お金は使うものだ。

 それに、働く場所が見つかった今、自殺する理由なんてないし、悲しいことなんてひとつもない。

 別に怖くもないし、何が不安なのか全く分からない。


「お前、ほんとに『無表情』だな」


 だから? それがどうかしたのか。


「お前気持ち悪い」


「で?」


 俺は気づいたら声が出ていた。


「俺って貧乏だから贅沢出来なかったからな。楽しかったことも特にないし、怒ったことなんて一度もない。あと、最後に泣いたのは6歳の時くらいかな、確かしめじを喉に詰まらせて涙が出たんだったな」


 そんな俺の話を聞いていた赤髪の男の表情が怖い顔に変わった。


「へー。じゃあ恐怖って言うのを味あわせてあげるよ」


 そう言い、俺の前まで来ると、俺の膝の裏に蹴りを入れ、俺が地面に仰向けに倒れると、俺の首にポケットナイフが当てられた。


「どうだ? 怖いか?」

「全然」


 俺が無表情でそう言うと、男はもっと顔をしかめた。


「そうか!」


 赤髪はそう言いながら、俺の制服のびしょびしょになったらワイシャツとズボンを切り裂いた。

 さすがに寒い。


「お前、なんか反応しろよ」



 赤髪は、俺の髪の毛を掴み持ち上げ、ポケットナイフでザクッと掴んでいた髪を切った。

 俺の頭は勢いよく地面に打ち付けられ、それと同時に「プチン」と何かが切れた。これは恐らく、体にあるものでは無い。

 気づいた時には、俺は赤髪の男の胸ぐらを掴んでいた。


「おい、やる気か??」

「前髪どうすんの?」

「そんなに前髪が大事かよ」

「大事だ」


 俺はそう言い、男の右頬を殴った。

 それと同時に、俺は首の当たりが暖かくなったのがわかった。


 暖かくなった首を手で触り、その手は赤くなった。


 熱くて手が赤くなったのではない、血で手が赤くなったのだ。


 俺は赤くなった手を見ながら、首以外の体の部位から体温が消えていくのを感じた。


 首元が締め付けられるように熱く、手や足は冷たくなり、やがて視界が真っ白になって、体はどこも動かなくなっていた。


 辛うじて耳は少しだけだが聞こえるが、騒がしいだけで誰が何を言っているのか聞き取れない。


 恐らく、俺が血を出して倒れたことに焦っているのだろう。


 なんだか、聞こえる騒がしい声達が遠くなってきた。


 熱かった首もだんだん暖かく、やがて冷たくなって感覚がなくなってきた。


 目の前は……灰色? 黒? 白? 分からない。


 ああ、多分死んだんだな。これは。


 本当にこの世界は天邪鬼だ。


 俺が勝ち組になりそうだって時なのに。


 そんな俺をその手前で殺す。


 いや、世界じゃないのか?


 神様が天邪鬼なのか?


 まぁいっか。全部終わったことだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る