第3話 異世界へゆく。3

 俺は、甘宮に手を引っ張られながら走り、その後ろ姿を眺めながらふと思った。


 ──なんか自殺ってバカバカしいな。


 甘宮皇大郎あまみやこうたろうという有名人に家で雇ってやると言われ、手を引っ張りながらその職場へと向かう──そんな日が来るとは思ってもいなかった。



 数分。いや数十分、俺と甘宮は走ると、甘宮の屋敷の前に着いた。

 俺が、たまに「ヒュー」と肺に穴が空いたような音をならしながら息を切らしているのに対し、甘宮の呼吸は一定で、顔色ひとつ変わっていなかった。


「じゃあとりあえず、会う人には挨拶しておいてね。これから同じ職場になる訳だから」


 そう言うと、目の前の門がだんだん地面に沈んでいくように下がり、甘宮は、その門の下がった所を、俺の手を掴みながらまたぎ、屋敷の扉へと向かった。



 俺の家とは比べ物にならないすごく広く、床が白い大理石の玄関に入ると、1人の黒く長い髪に白いヒラヒラのカチューシャをつけているメイドさんと、タキシードの50代くらいの髪の毛が、白い髪と黒い髪で灰色っぽい色に変わっている執事さんが、両手をおへそのあたりに添えながら90度のお辞儀を俺と甘宮にした。


「フユカ、ナオヒサ、お疲れ様」


 甘宮がニコッと笑いかけると、フユカの顔が少し赤みがかったのがわかった。

 すると、俺の肩にトンっと甘宮の手が乗った。


「今日からここで働くことになった、サギタニシュウだ、仲良くしてやってくれ」

「初めまして」


 俺は元気よくでもなく、恥ずかしがるでもなく、少し頭を下げ、普通に言った。


「では、こちらへ」


 そう俺に言ったのは、かわいいメイドさんではなく、50代くらいの執事さんだった。

 50代くらいの執事さんが、玄関の奥へと、広い廊下を通って向かっているので、俺は靴を脱ぎ、綺麗に並べた後、執事の後を追いかけた。



 50代くらいの執事は、進んだ廊下を右に曲がり、歩くと、右手にある部屋に入ったので、俺も入るとそこは職員用の更衣室の用だった。


「では、このクローゼットからサイズの合うものをお選びになったら外にいる私にお教え下さい」

「わかりました」


 俺がそう言うと、執事さんは会釈程度に頭を下げると、部屋の外へと出ていった。


 やがて俺は、服選び終わり外に出ると、執事さんは扉を出たすぐ横に、両手をおへその下あたりに添えながら立っていた。


「では、シュウさんは甘宮様の所へ向かってください。わたくしは夕ご飯の支度をしに行きますので」


 執事さんはそう言うと、廊下の通ってきた道の方へと歩いて行ったので、その背中を、眺めながら、「皇大郎は一体、どこにいるのだろうか」と考えていた。

 俺はとりあえず、皇大郎を探すのと、間取りを確認するために屋敷の探索を始めた。



 屋敷の中は、大きいのに関わらず、部屋や廊下の隅々まで掃除が行き届いていて、内装は俺の住んでる部屋いえとは比べ物にならないくらいの豪華な装飾が施されていて、黒い大理石の壁は、綺麗すぎて自分の顔が反射している。


 俺が屋敷を探索していると、明らかに他の部屋とは雰囲気の違う、目の前の扉から、1人の女性が出て来た。

 その女性は、俺と同じくらいの年だろうか、俺と同じくらいの背の高さで、スタイルがすごく良く、顔は皇大郎の顔にそっくりで、髪の毛はお風呂に入っていたのか、頭の上にお団子の形で結ばれていた。


「あ、君が新入りの執事さん? 初めましてあたしは、アマミヤミユ。あなたと同じ学校のあの子とは、双子よ」

「初めまして。ここで働くことになりましたサギタニシュウです」


 俺は玄関の時のメイドさんと執事さんくらい頭を下げ、そう言った。


「分かった、でも今からフユカに髪の毛乾かして貰いに行くから特に頼むことは無いわ」

「分かりました」


 俺はまた、90度のお辞儀をして、ミユさんが俺の横を通り過ぎて行くのを確認し、顔を上げ皇大郎を見つけるため屋敷の探索を続けようと歩き出すと、目の前の角から顔を赤く染めた皇大郎が現れた。


「ごめんシュウくん、お風呂入ってたから」

「大丈夫、それより──」

「あ、そうそう、今日は特に仕事は無いから帰って大丈夫だよ! せっかく服着替えたけどごめんね」

「わかった」


 ある程度間取りは覚えたため、玄関までは迎えるだろう。

 そして、俺が歩きだそうと一歩踏み出すと、皇大郎が俺の手を掴んだ。


「……泊まって言ってもいいけど?」


 その顔はお風呂上がりだからか、泊まって欲しいと言ったのが恥ずかしいからか分からないが、真っ赤に染まっていた。

 ……しかし、俺は男子に恋愛感情を持てる特殊体質では無いため、後者の場合なら少し身の危険を感じる。


「いや大丈夫、家に帰るよ」

「じゃあ明日は退学届を学校に出してきてね」

「え?」

「大丈夫、一生ここで働くことはできるから」

「分かった……」


 そう言って、俺は屋敷の外へ向かった。

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