第7話 “仮”許嫁の過去

「藤宮、澪です……よろしくね」


「……僕は二条透。よろしく」


 初めて二人が顔を合わせたのは小学校低学年の頃だった。派手なスーツを着た知らないおじさんに右手を引かれ、反対の手には大きなウサギの人形が抱えられていた。


 意図も知らされず、意味もなく、二人は同じ時間を過ごした。藤宮家は家業のせいもあって、子供を見ている時間がなく、旧友である二条の両親に子供を預けるということはそれ以前にもあった。だからこそ『許嫁』という特別な関係性になったという明確な境目など二条には分からず、ただ家に来て一緒に遊ぶ女の子、と言う程の認識しかなかったのである。厳密には二人が遊び初めて二年たった時点で、その仮協定は結ばれていた。

 結局、二条家に預けられたところで相手をするのは二条透ただ一人だった。


「……透君は、普段何して遊ぶの?」

 

「僕は本を読む」


 小学校三年生の頃から、堅物クソ真面目眼鏡だった二条は当初、藤宮のことを「子守りする相手」程度にしか考えていなかった。


「……一緒に遊ばないの?」


「友達でもないのに一緒に遊ぶ必要ないだろ。どうせ二時間くらいしたら君の親が迎えに来るんだから、大人しくしてればいい」


「……友達だったら、一緒に遊んでくれる?」


「……友達だったら、な」


 藤宮は当時目元が隠れる程のおかっぱ頭で、服装も財閥の娘とはいえそこまで豪華なものではなかった。どこにでもいるちょっと控え目な女の子。黙っていれば一人で遊ぶ、そんな風に二条は思っていた。


 けれど、藤宮はそうではなかった。毎日毎日ひたすら本を読む二条の周りをうろうろしては、こう提案するのだ。


「ねえ、一緒に遊ぼ?」


 純粋な目で、楽しそうでもなく、哀しそうでもなく、ただ遊ぼうとだけ誘う。

 小学校で友達など出来るわけの無い二条にとって、否が応でも時間を共に過ごさなければならないこの状況は、彼の心を容易に揺さぶった。

 友達が欲しくないわけではない。ただ、出来ない、合わないだけなのだ。

 そこに環境が適応してしまえば、遊び盛りの子供に、遊ばない理由はない。


「ね、今日こそ遊ぼ?」


 一週間もかからず、二条は彼女の提案に折れた。寧ろ乗り気で乗った。だが、小学生ゆえの速すぎる思春期もあってか、彼は友達を作るということが恥ずかしいことだと勘違いしていた。周りと違う自分に優越感と孤独を感じていたのである。


 子供部屋で二人、積み木で遊んでいた。組み立てては崩し、組み立てては崩しを繰り返して、二条はハッと気づく。空気も読むことなく、気付く。


 ――まるで友達みたいになっていた自分たちの関係性に。


「ぼ、僕が遊んでやってるだけだから。いいか、僕と君は友達じゃないからな。ぜ、絶対周りの人間に言うなよ?」


 積み木を箱へと片付けながら、藤宮はくすくすわらった。


「ふふっ、言わないよ。ちゃんと秘密にする」


「ほ、ほんとか? 約束だぞ」


「いいよ、じゃ、指切りしよ?」


「ゆ、指切り……」


 指切りすらためらう二条のボッチぶり。いとあはれなり。


「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った」


「……結構怖いんだな、指切りって」


「?」


 藤宮は首を傾げた。前髪がさらりと揺れて、普段は隠れがちな瞳が二条に向けられる。不覚にも、二条はドキリとした。その感覚が何を意味するかなど知る由もなく、ただの友達として、否、ただの遊び相手として藤宮を認識するよう努めたのである。


 そんな日々が、中学校に上がるまで毎日のように続いた。二人はそれぞれ違う小学校に通っていたが、いつからか藤宮が下校する先は二条家になっていた。二条も、そんな藤宮が帰ってくるのを心待ちにしていた。本人の前では優しくしてあげられないけれど、二条にとって藤宮は、友達より家族に近い存在になっていた。

 お飯事もした、勉強も一緒にした。家で何をするときも二人は一緒だった。まるで妹が出来たように二条は思っていた。


 ――だから、中学校の入学式が終わって数日後。突然、藤宮が家に来なくなったことは、二条にとって心配どころの騒ぎではなかったのである。



 

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チビッ子生徒会長に振り回されても『副会長』は、休みたい! そこらへんの社会人 @cider_mituo

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