第6話 一夜明けて

「オッケーしちゃいました……じゃねえよ、ったく……」


「ん? なんか言った~? 二条キュン」


「なんも言ってねえよ、というかそのキュンってやつ止めろ」


「え~せっかく可愛い呼び名が出来たっていうのに~」


「一時の流れで呼び名を作るな。軽い気持ちで付けていいものじゃないだろ、あだ名ってのは」


「いや二条くん、あだ名って大体そんなもんだよ……」


 藤宮澪が、告白を受け承諾した翌日、不動と二条はいつものように生徒会室で雑務をこなしていた。

 「彼氏が欲しい」という、生徒会に寄せられた依頼は昨日達成された。達成というより、成り行きで成功したと言っても過言ではないが。


「で、今日は何してんの?二条くん」


「なにって、仕事だが。というかお前も働け」


 二条の指摘をかわしながら、不動は目を尖らせる。


「その山のようになった文化祭の資料とは、また別のモノを見ている気がするんだけど?」


 不動は二条の机上にある山積している資料を指さした。萌袖通り越してダボダボになっている制服の袖が揺れる。


「……よく分かったな」


「私に隠し事なんて100秒早いのです」


「二分弱じゃねえか……」


「で? 何見てるの?」


「いや、昨日不動が準備してくれた男子生徒の情報を見直してるだけだ」


 言って、二条は目を通していた紙を不動に投げた。ひらひらと舞い、結局少し離れた会長席には届かなかった。


「相変わらず人使いが荒いな二条くんは、全くもう……。」

 言って、拾う。その紙は不動が昨日の『依頼』のために用意したものだった。

「あーこれね。私の友達網をフルに活用して集めた『彼』に関する極秘資料。生い立ちから最近の素行まで、友達が知ってる範囲の情報をかき集めるの結構大変だったんだよ~? いや、でも、なんでまたこれを?」


 ――藤宮さんと『彼』はもう付き合ってるじゃん。


 不動の言葉が、二条の心に突き刺さる。ゆっくり、ゆっくりとナイフが差し込まれるように、胸が痛みだす。

 そう、藤宮と『彼』――杯宴都学園一年生の仙道渡――は昨日から、付き合っている。仙道の告白を藤宮が受ける形で、カップルは成立したのである。

 ――結婚を、前提として。


「それはそうなんだが、な」


「ふ~ん、許嫁さんにあっさり彼氏が出来て、嫉妬しちゃってるの?」


「嫉妬じゃねえよこれは。……ただ、心配でな」


「心配?」


「高校一年生で婚約を前提としたお付き合いをするなんて、余りにもぶっ飛んでる」


「うーん、でも、藤宮さんのその誓約を『彼』も受け入れたって言ってたじゃん」


「口では何とでも言える。澪と一瞬でも付き合えるなら、きっとどこの男でもそう言うに違いない」


――彼、とてもいい人で、私の提示した条件も難なく受け入れてくれて……親切そうな人で良かったです。――


(親切そう? たった数分会話しただけで何が分かる。)


――彼も、私のことを随分褒めてくれて――


(あいつに何が分かる。澪の何を知ってるっていうんだ。)


 二条の中で黒い感情が煮詰められていく。昨晩からずっと二条はそのことばかり考えていた。笑顔で告白を受け入れた藤宮と、その笑顔の先にいる仙道と言う男に、得も言われぬ負の感情を抱いていた。


(これは、嫉妬なんかじゃない。)


 机の上で、二条はいつの間にか握りこぶしを作っていた。


「なーんかかなり藤宮さんに肩入れしてるみたいだけど、どしたの? らしくないよ?」


「……何が、らしくないんだよ」


「いや、二条くんてさ、公平! 公正! 平等! って感じだから、藤宮さんに彼氏が出来たらもっと素直に祝福しそうなもんじゃん。『元』許嫁とはいっても、形だけだったんでしょ?」


 『元』許嫁。それが現状の二条と藤宮の関係である。昨日の告白を機に、二条の親にもその事実は早速伝えられたが、元々形式上だけの関係だった許嫁協定の破棄は、さほど重大な問題でもなかった。


 何事もなかったかのように、きれいさっぱり、あっさりと。

 二人の関係は終わったのである。


「……『元』許嫁だからこそ、心配なんだよ」


「ふっふ~ん、怪しいなあ? 二条くんてば~」


 言いながら、不動は二条に近づく。近づいて、じろじろとその堅物の顔を眺めまわす。ニヤニヤしながら、あらゆる方面から舐めまわすように見た。


「な、なんだよ、急に」


「いや~? なんでもないよ~? ただ、やっぱり特別扱いしてるなあ~と思ってさ~?」


「……一週間だけだ、一週間様子を見て、それで二人が上手くいくようならこれ以上深入りしない」


「何も起きないとは思うけどね~」


「それならそれでいい。俺も無駄なことを考えなくてせいせいするしな」


 ぶっきらぼうな二条を見て、不動は笑う。


「相変わらず素直じゃないよね~。私みたいに自由奔放純真純粋に生きた方が絶対楽だよ~?」


「……言ってろ」


「はいはい、二条くんをからかうのはこの辺にして、わたしもそろそろ仕事しよ~っと。モンコレモンコレ~」


 二条も自分自身で分かってはいた。

 これは『元』許嫁という形だけの約束から来る名残惜しい気持ちではないと。

 個人として、藤宮澪に肩入れしていることを自覚していた。


 けれど、それを口にして認めることは出来ない。それが二条透と言う不器用な男であった。


 ただの友達でも、形だけの許嫁という訳でもない二人の関係。


 二条がここまで藤宮澪に肩入れする理由。


 そのきっかけは、両者の幼少期にまでさかのぼる。










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