第2話 依頼者は許嫁

 杯宴都ハイエンド学園生徒会執行部。彼彼女らの仕事は学校イベントの企画運営のみならず、目安箱の設置、日常的な学内活性化運動などなど、多岐にわたる。


 生徒のお悩み相談なんてものもその仕事の一つである。


「いや~今日も我らが生徒会執行部は平和だね~」


 いつものようにくるくる回転する生徒会長、不動舞。学園一の人気者で杯宴都学園のマスコットキャラクター的存在で人望に厚い彼女だからこそ、迷える子羊たちは生徒会を頼るのである。

 しかし、そのくつろぎぶりに二条は釘をさす。


「いや、仕事は山のようにあるんだから平和じゃないぞ。回ってないで働け」


「今日は萌香ちゃん遅れてくるってさ~。平和だね~」


「話聞いてないだろ。しかもその流れだと萌木会計が居たら平和じゃないみたいな言い草だな、可哀そうに」


「だって萌香ちゃんが来たら今夜の『魔王デストラーダ』レイドに向けて作戦会議だからね~。忙しくなるな~」


「来ない方が良いなそれは!!黙って仕事しろ!!!」


「ちぇ~。ほんとに連れないよねえ、二条くんはさ~」


 ひたすら机に向かって雑務をこなす二条。今日も彼は。生徒会に寄せられる尋常でない量の仕事を確実尚且つ高速で仕上げていくのである。

 彼の努力によって杯宴都学園の生徒会運営が円滑に進み、教師生徒ともに信頼ある存在として定着しつつある事実は、ごく一部の人間しか知らない。


「ところで不動。文化祭の資料に少しは目を通してくれたか?」


「そ、そうだ二条くん、きょ、今日は天気が良いな~こういう時はしりとりでもしようよ!」


「……進捗無しか」


「うっ……ご名答です……許して…ヒェッ」

 

 頭をガードする不動に全く反応することなく二条は言葉を返す。


「別にいい。どうせそんなことだろうと思っていたからな」


「二条くん・・・いや、二条キュンッ」

「キュンじゃねえ仕事しろ」


 いつものように、にぱっと笑顔の花を咲かせる不動。二条はそれを見て少しだけ微笑んだ。


「でもさ、二条キュン。どうして二条キュンはそんなに厳しくご指導ご鞭撻してくれるんだい? 私のポンコツ具合は周知の事実だよ? 勿論、私自身も知ってる。仕事は忘れる・遅い・出来が悪いの三拍子だし、ただただ人気と人望があったからってだけで会長に――」


「俺が副会長である以上、会長である不動にはしっかりと仕事をこなしてもらう。それだけだ。他の人間がお前をどう評価しようと知ったことか。――俺は、出来る人間にしか求めない」


「……その理論、昭和の体育教師みたいだね」

「ふん、根性論なんて実に非合理的だ。一緒にするな」

「にゃはは。そりゃそうだ。二条キュンの超完璧合理主義と熱血根性論は雲泥の差だよねえ?」

「おい、そりゃどっちが雲でどっちが泥だ?」

「むふふ、内緒だよ~。はいシゴトシゴトシゴト~。せっせと働いて直帰!残業無し!」


 ゼンマイ仕掛けのロボットのようにぎこちなく動き出す杯宴都学園の生徒会長。彼女の居場所は恐らくここではなく大道芸の舞台上であろう。

 なぜならこの舞台の観客は堅物副会長ただ一人、笑う訳もなく。


「調子のいい奴だ。ったく・・・」


 とだけぼやいた。ほんのりと頬が緩んでいたのを不動は見逃さず、くすっと笑う。


 珍しく、本当に珍しく二人だけの時間が流れる。やや陽が傾いて差し込む光が、生徒会室の埃をきらびやかに映し出していた。

 時はゆっくりと、しかし着実に進んでいった。流れるは書類を捲る音と時折走るサインペンの音のみ。


 コンコン。


 暫し時間が経ったところで、生徒会室の厳かな両開き扉がノックされる。


「お、萌香ちゃんかな。思ってたより随分早い到着だけど」

「萌木会計が来たら、不動の仕事がストップするのだからあまり喜ばしいことではないがな」

「酷いな~二条キュンたら~。そうだ、飛び切りの変顔でお出迎えしてあげよ~っと」

「……相変わらず馬鹿な遊びばっか思いつく頭で羨ましい限りだ」


 もう一度、ノックの音がする。催促だ。


「はいはーい、ちょいとお持ちを~」


 ぴょこんと会長席から飛び降りた不動は優雅に踊りながら扉へ向かう。


 ――こう見たらほんとに小学生にしか見えんな。お遊戯会かよ。


 悪態を突きながら、しかし瞬時に二条は思考を回す。


 ――いや、待てよ? 萌木会計が来たのだとしたら、黙っていつものように入ってくればいいのに。ノックして即座に入ってくるならまだしも、


 さも名探偵のような推理を脳内で繰り広げる二条だったが、別に大した推理でもない。会長がアホなだけである。変顔を作り上げて予行がてら二条に一度見せてる辺りド阿保なのである。


「おまた~萌香ちゃ~ん」

「お、おい待て不動――」


 既にアホの会長は来客を萌木と勘違いして扉に手をかけていた。

 荘厳な両開き扉が、古臭い音を出しながら開かれる。


「にゅひゃひゃ~これぞ魔王デストラー・・・ありゃ?」


 二条は手遅れだと気づきながらその手を不動に伸ばしたまま、硬直する。

 顔を両手であらゆる方向にひん曲げて変顔を作っているであろう不動。

 その正面に立っていた女子生徒の顔はよく見えなかったが、明らかに萌木ではなかった。萌木は一年生だから二年生の二条や不動とは制服が違うはずだった。ちなみに一年は青ライン、二年は黄ライン、三年は赤ラインが制服に入っている。

 来客の制服には黄色のラインが入っていた。


「――え、え、え!!不動さ、え⁉⁉」


 脳内がバグってしまったのだろう。言葉がマトモに出てこないまま驚愕する女子生徒。二条は顔を覆った。来客に変顔するような生徒会執行部なんて知りませんと言わんばかりに。


「あ、にゃはは~。これは失敬失敬」


 ずっと固まっていた不動が漸く反応する。気まずさの中にいつもの『スター』感を醸し出していた。

 いやしかし、無理がある。澄ました態度でいることが逆に恥ずかしいまである。


「外は寒いでしょう、さあ、お入りなさい(激太眉昭和映画風)」

「え、えええええ、えと、その」

 

 とち狂って物まねに走った不動の元までダッシュして、ひっぱたく。


「バカ野郎何やってんだ! すみませんウチのアホ会長が――ってあれ?」


「え、あ、透」


「ほえ?何?二人とも知り合いでござるか?」


 今度はニンニンポーズでこの場を乗り切ろうとする生徒会長。二人の顔を交互に見返す。


「いや、知り合いっていうか」

「知り合いといいますか・・・」


 中央分け堅物眼鏡と、金髪ポニーテールの来客は声を揃えて言った。

 

「「許嫁」」


「・・・はひ?」


 今日も、杯宴都学園生徒会室は、平和である。




 







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