第1話 日常

「おつかれさまで――」


 萌木萌香は何の気なしに杯宴都学園・生徒会室の両開き扉を開ける


「だから! なんでアンタはいっつもそうやって面倒事を後回しにするんだ! しわ寄せがくるこっちの身にもなってくれ!」


 ここは法廷かと思うくらいに激しく責めたてる二条副会長。眼鏡と中央分けの髪のせいで、バリバリの営業マンのような姿がその言葉に説得力を持たせる。


「いやぁ~それはホントにその通りなんだけどね~二条くんが有能過ぎてついついこき使っちゃうんだよね~。あ、萌香ちゃんお疲れ~」


 責めたてられている相手、生徒会長の不動舞。背丈に合わないリクライニングチェアでくるくる回って遊びながら応答していた。


「こき使うなんて言葉を生徒会長が使うな! 『学園一の聖人』って称号はどこ行った! あと萌木会計! お疲れ様だ!」


 二人の言葉を聞きながら、萌木はいつものように「そこに何もないかのように」会計席に腰かけた。


 放課後、生徒会執行部の活動時間であった。

 そして、いつもの光景である。


「とにかく! 今日中に文化祭運営に関するその資料を読め! 生徒会長が規則や手順を理解してないなんて、いくらアンタが人望に厚くても問題だ! というか、俺が困る!!!」


「も~、分かったよ~そんな怒らないでもいいじゃないか~。私だってこう見えて色々忙しいんだよ~?」


「む・・・そうなのか。そこまでは配慮していなかった・・・」


 一瞬、二条はそれまでの強気な姿勢を崩し、申し訳なさそうに言った。


「先週発売したモンスタークロニクルの新作やりこむのが――」


「やっぱアンタ馬鹿だろ!!!!」


 ロケット頭突きでもするかのような前傾姿勢でツッコむ二条!


「あ、会長、私もそれ買いました、面白いですよね」


「おいやめろぉ!!!」


 その体をそのまま萌木に向けて威嚇する、が効果なし!既に二人はゲームの 話題で盛り上がりつつあった!


「やっぱ5面のドラゴンは予想外だったよね~。耐性スキル付けてないと攻略で居ないよ~」

「あそこ実は隠し武器が置いてあってそれさえ使えば結構簡単にクリアできるみたいですよ」

「うわ~まじか~。こりゃ良いこと聞いちゃったよ~」


 不動はにぱっと笑って、置いてけぼりだった二条に提案する。


「二条くん、そういうことだから今日早上がりで良いかな?」


「良い訳ないだろ!!!!!!!!!!」


「え⁉嘘⁉」」


「当たり前だろ!!! なに聞いてたんだよ!! 文化祭まであと一か月半だぞ!!」


「そんな・・・このモンクロへの滾る闘志が・・・私を呼んでいるのに・・・」


「モンスターじゃなくて仕事に追われてることに気付けアホ会長」


「まあまあ、会長、今日帰ったら一緒にやりましょ?そしたら短い時間でも効率よく進められますよきっと」


 なだめる萌木。聖母のような微笑みを見せる彼女は一年生でありながら次期会長候補として人気を集めている。彼女に心奪われた男子生徒は数知れず。


「うぅ~ありがと萌香ちゃん~二条くんみたいなパワハラマシーンになっちゃだめだよ~」


 泣きつく不動!見た目が小学生みたいなせいで一気に二条の立場はなくなる!これも常套手段!


「よしよし、イイ子ですね。二条さんもあんまり会長虐めちゃダメですよ?」


「どう考えても俺がいじめられてるだろ!!パワハラする方じゃなくてされてる方だろこれ!!!」


 必死に弁解する二条はもはや滑稽でもあった。物量こそ正義。二対一の時点で勝ち目はない。


じとーっとした視線が二条に二本寄せられる。


「ぐっ・・・君たちに良心という言葉はないのか・・・」


「両親なら居るよ~?」


「アホ会長は黙ってろ!!!!」


「うぇ~ん萌香ちゃ~ん、二条くんがアホって言った~」


「もう二条さん!駄目ですよ!!」


 完璧な出来レース。二条、敗北決定。

 諦めて、敗北を認めるかのように漸く席に座る二条であった。


「…もう良い。とっとと仕事を始めよう。会長はもう今日中じゃなくてもいいから早めに資料に目を通しておいてくれ。前の生徒総会の時みたいなことされたんじゃ敵わんからな。進捗報告を俺にするように」


「は~い、了解だよ~」


 副会長の指示に会長が従う。手を挙げて応答する不動のせいで教師と生徒みたいな歪な相関図となっていた。


「まあ、二条さんが居れば何とかなりますよ。前回の生徒総会の時だってあんなに完璧だったんですから」


 聖母萌木は不動の頭をなでていた。これで三者面談。


「あんなこと二度とやってたまるか。こちとら眠気を抑えるためにカフェイン摂取しすぎたせいであの後動悸ヤバかったんだからな⁉何回もやってたらそのうち死ぬぞ」


「墓参りは年一で行くから安心して!」


「盆だけじゃねえか!!!!というか勝手に殺すな!!」


「私も、お水くらいは・・・」


「一円もかけたくないだけだろそれ!!!!!!」


「ねえ萌香ちゃん、供え物のお菓子って何秒経ったら食べれるのかな?」


「うーん、世間的に三秒ルールが絶対なので二秒は待たなきゃいけないんじゃないですか?」


「世間的なルールで言ったら二人とも外道だよ!!!!供え物食ってどうすんだ!!」


「あ!あれなんて名前だっけ~?あの動物の形のビスケットみたいなやつ」


「あー、ありますよね。かわいいイラストの描かれたあれ・・・名前なんですっけ?二条さん分かります?」


「それはそのまんまじゃねえか!!!!!ほとんど答え出てんだよ!!!」


「お中元でもらえるものって大体目新しいよね」

「分かります。うちなんか〇ルピスの原液詰め合わせセット来るんですけど、飲んだことない味ばっかでしたもん」

「〇ルピスいいな~ちょっと濃い目に作って冷やして飲むと美味しいよね~」

「暑い夏にはピッタリですよね」

「ま、もう秋来ちゃったからな~」


 ドッ!!!


 二人の中で何故か大きな笑いが起きる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「いやー流石萌香ちゃん、分かってる~」


「もー会長ったら、褒めても何も出ませんよ~?精々〇ルピスの原液くらいしか持ち合わせてませんから~」


 いいながらカバンの中から〇ルピスの原液ビンをおもむろに取り出す萌木。

 萌木、可愛い系の正に萌キャラである割に、どこか狂っている。

 


 ドッ!!!




「いや!!はよ仕事せんかい!!!というか〇ルピスの原液持ち込んでんのは面白いというかこえーだろ!!!!!!」


 最大ボリュームでツッコむ教師に微笑む親子。

 大体、この生徒会執行部の活動はこんな茶番で一日を終えている。


 この生徒会執行部初の大仕事、文化祭は一か月半後。

 ただでさえ日常的な実務の多い副会長でありながら、会長と会計のボケにフル対応する男、二条透。


 彼の苦労は、今日も続くのであった。


 


 

 



 


 

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