チビッ子生徒会長に振り回されても『副会長』は、休みたい!

そこらへんの社会人

プロローグ

 生徒会長――それは、魅惑の響き。


 人を統べるもの。人の上に立つ者の証である。


 1000人を超える生徒でギュウギュウ詰めになっている体育館のステージが、生徒会長初心表明の場所だった。


 伝統ある私立杯宴都学園の生徒会長。官僚や政治家のみならずアスリート等の著名人を数多く輩出しているこの学園の生徒会。その威厳は、並々ならぬものであった。


 全校生徒の視線は、名誉ある生徒会長に釘付けだ。


「生徒諸君! 夢はあるか! 希望はあるか! 大志を、胸に秘めているか!」


 マイクが要らないくらいの張り切った声が響き渡る。


「私が生徒会長になったからには、この学校の全てを変えよう! 校則を変えよう!経営方針を変えよう! 設備を変えよう! マインドを変えよう!」


 間髪入れずに、鬼気迫りながら喋り続ける壇上の男。


 「素晴らしい我らが杯宴都学園をより繁栄させるために、持てる力全てを出し切ろう! 私たちは、世界を変える! その才能の種を秘めている! ゆえに、私が諸君らの種に水を遣ろう! 高貴さは、義務を伴うのだから!


 才能あるものに、驕りは許されない!


 力あるものに、怠慢は許されない!


 さあ! 立ち上がろう! 私たちが、世界のために!


 ノーブレス・オブリージュ!!」


 全校生徒のスタンディングオベーションと歓声に包まれながら、二条透生徒会長の初心表明演説は幕を閉じたのだった。


 実際には、開幕すらしていないのだが。


 ***


「ねえ、副会長、起きてください。もう昼休み終わっちゃいますよ?」


「……生徒…会長…バンザーイ…」


 隅々まで投資されきった杯宴都学園生徒会室の副会長席に、彼――二条透副会長は座っていた。机に突っ伏したまま、寝言をほざく。


「もー。二条さんったら……」


 二条の体を揺すっているのは杯宴都学園生徒会『会計』の一年生、萌木萌香。お団子ヘアーの彼女はもうじき終わる昼休みにそわそわしながら、ひたすら二条の体をゆする。


 一向に起きない。「生徒会長バンザイ」と唱え続けるだけの屍も同然だった。


「むにゃー。良く寝たぁー」


 そんな二人を他所に、生徒会室の中でも一際存在感を放つ会長席から、声が発せられる。


「あ、会長。昼休み終了直前、タイミングバッチリなお目覚めですね」


 言って、萌木は生徒会長に微笑みかける。


「うーん、良く寝たよ~……ってあれ?二条くん寝てるの?」

「そうみたいなんです。の会長はともかく二条さんが寝てるのは珍しいですよね」


 言いながら尚も彼の体を揺らす。起きない。生ける屍である。


「……あー、もしかしたらあれかな」


「会長、心当たりあるんですか?」


 生徒会長――不動舞は眠そうな目を擦りながら気まずそうに語りだした。


「いやね、今日の生徒総会あるじゃん? あれの生徒会長挨拶だったり、前年度決算と次年度予算の提案についての資料に目を通しとくように言われてたんだけどさ、ちょっと見れてなくて……そこらへんの仕事を全部二条くんに任せちゃってたんだよね~」


「……あの資料、随分と量がありましたけど、それはいつのことですか?」


 恐る恐る聞く萌木。山のようにあった予算資料は、一週間猶予を与えられても徹夜を覚悟しなければならない程の量だと知っている彼女は青ざめていた。


「え?昨日の夕方だけど」


「―――ッ!!!!!」


 萌木の脳天に雷が落ちる!!余りの衝撃!!天変地異!!!!


 今自分が体をゆすっている男はもしかすると本当に死んでいるのではないかと思える程の地獄!!!

 生き地獄どころか無間地獄!!!!

 萌木は、戦慄して彼を起こそうとする手を止めた。止めてから、その手をもう片方の手で叩いておいた。


 ごめんなさい、二条さん、と。

 手を合わせて拝んでいた。


「どしたの~?萌香ちゃん、二条にお祈りなんかして~」


 何の気なしに、というか本当に何も思っていないであろう天真爛漫な不動舞会長に若干の恐怖を覚える萌木会計。まるで猫に睨まれたネズミ!!!


 小学生くらいの背丈ゆえにダボダボの制服で、常時萌袖になってしまっている不動舞は、艶やかな黒髪ロングを綺麗に切りそろえていて、無邪気な笑みを浮かべていた。


「い、いえ、何でもないです。…あっ、起こすのも悪いし、もう昼休み終わっちゃうので私行きますね?会長も授業には遅れないように~(さよなら二条さん。あなたの頑張り、忘れません。)」


 流れるように生徒会室を去る切れ者、萌木萌香。

 自分に地獄が回ってこないのは、二条のお陰だと知って、彼を心の中で労う萌木だった。


「にゃは~。いってら~」


 そんな萌木を袖を振りながら見送る不動舞。どうやら彼女はもうひと眠りしようとしているようだった。


「……ふむ」


 ふと、何かを思い立ったように。

 彼女はぴょこんと会長席から飛び降り、二条に近づく。


「お疲れ様、二条」


 袖で隠れている小さな手で、二条の頭をなでる。時折、にししと笑いながら。

 スピースピーと寝息を立てる彼は、尚も「生徒会長バンザイ」と呟いていた。


 彼の頭の中は自分が生徒会長になった反実仮想でいっぱいのようだった。


「不動……俺は…お前を……スピー」


「……ふふっ」


 ついに変化した二条の寝言に、不動舞は過去を思い返す。

 彼と過ごした、熾烈な日々を。

 そして、彼と過ごすこの昼下がりに、微笑んだ。


「ずーっと、待ってるよ。私は」


 言いながら、上着のカーディガンを彼の背中にかけたのだった。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴りだした。

 10月中旬、生徒会発足から二週間程が経った今日この頃。


 生徒会室に二人はいた。珍しい安らぎのひと時が二条副会長に訪れる。


 天真爛漫な小さな生徒会長、不動舞。

 堅物で働き者な副会長、二条透。


 二人の物語が、始まる。



 ちなみにこの後、二条副会長だけ授業をすっぽかし説教&居残り補修を喰らうのだった。


 がんばれ、二条くん。

 


 

 


 





 

 

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