第19話 再訪
「いらっしゃい! 下田君っ、久しぶりだね。」
「ご無沙汰してます。お邪魔します。」
「ちょっとー、なんか顔こわいよ? 今は父さんと柚香がいるから!」
玄関で迎え入れてくれたのは陽香さんだった。
白仲が出てきたら、玄関先で衣装だけ渡して帰る選択肢も考えたが、その流れは無理そうだ。
陽香さんのいつもと変わらない陽気なテンションに、どこか安心感を覚えつつ、俺は白仲父と白仲のいるリビングへと足を進める。
ただ、例の事件の後というのもあって、足取りは重い。
陽香さんの後に続くように、リビングに入る。
「お邪魔します。衣装を届けにきました。」
「下田君、久しぶりだね。妻と香南は後々帰ってくる。とりあえず座ってくれ。」
緊張が走る。白仲父のスタンスはまだ分からない。
「あ、それが衣装ねっ ありがとう。」
白仲はとりあえず、衣装を受け取ってくれたが、決して明るいとはいえない、いつも通りとは違う様子だった。
怒っている...のか?
「衣装を持ってきてくれて、ありがとう。私は下田君が作成してくれた衣装は本番までの楽しみにとっておくよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「衣装のこととは別に、私から父として、君に言わなきゃならないことがある。」
「はい...」
ついにこの時がきた。やはり謹慎中の身であることは白仲から伝わっていたか...
俺は覚悟を決めて、白仲父の言葉を待つ。
「下田君、この間はうちの柚香を守ってくれて、本当にありがとう。」
白仲父は、驚愕のあまり固まっている俺に対して、深々と頭を下げてきた。
予想外すぎる展開に、俺は動揺を隠せない。
「そ、そんな!暴力事件に発展させた俺が怒られることはあっても、お礼を言われるなんて...」
「事の顛末は、全て柚香から聞いている。君がその場にいなければ、どうなっていたか、想像するだけでもゾッとする。」
「い、いえ...そんな...」
「そして、君と加害者の謹慎処分、学校でのデマのことも聞いた。うちの娘のことが心から謝罪したい。大人として、保護者として、私達はきちんと責任を果たすから、待っててくれ。」
白仲父からかけられた心強くてどこか暖かい言葉が、事件発生以降、自分の中で諦めをつけてとっくに冷え切ってしまっていたやるせないモヤモヤした感情を包みこんでいく。そんな感じがした。
俺は世の中を悟ったようなフリをしながら、心のどこかで、誰かに救いの言葉をかけてほしくて、そして誰かに頼りたかったのかもしれない。
罪悪感を増幅させてしまう危険性のある、当事者の白仲や、兄貴として振る舞う必要のある菜月に対しては、心の弱い部分を見せるわけにはいかなかった。いや、見せられなかったんだ。
これも俺の心の弱さの一つだ。
「本当にありがとうございます。」
おれは涙をこらえながら、深々と頭を下げる。
「柚香も下田君のことで、どうにかできないか、色々考えて動いてくれたらしいんだが、中々上手くいかなくて、この通りだ。」
いや、どの通りなんだ...そりゃ親には分かるかもしれないが、俺には今の白仲の感情は読みづらい。表情も動かないし。
「柚香ちゃんは結局何もできなかったもんね。今黙っているのも、上手くいかないから子供みたいに拗ねてるだけだよ下田君。」
「違う!そんなんじゃない!私は!まだ!」
「辞めなさい!二人とも。」
さっきまで、喧嘩してたかどうかは知らないが、ヒートアップしかけた姉妹のやりとりを白仲父がビシッと辞めさせた。
白仲は白仲でストレスが溜まっていて、そこに対して、陽香さんが指摘を入れて、喧嘩みたいになってる感じだろうか。
その後、衣装作成の話などで話題をそらすなどをして、なんとか雰囲気を元に戻した。
「ただいまーっ。」
「まっー。」
この声は、恐らく白仲母と香南ちゃんが帰ってきた。
「あらーっ、もう来てたのねー!」
「はい。お邪魔してます。」
白仲母は買い物袋を片手に笑顔で挨拶してくれた。
「あーーーーー!にいちゃんだぁぁぁ!!」
挨拶をしていたら、そのためにソファーから立ち上がった俺の脚に、香南ちゃんがしがみついてきた。
え?え?え? え? うそ? なにこれ。
え、可愛い。 え、え、 え? 天使?
「覚えていてくれたかぁー、ありがとうっ」
「うん!またあえた!だいすき!!!」
この子のためなら、俺は世界中の人間が敵になっても戦うよ。
「この、大きい袋に入ってるのが衣装?すごーい!下田君これ今見ていい?!ー」
何に対してのなのかよく分からない決意を固めた俺に、衣装に興味を持った白仲母が楽しげに話しかけてくる。
「ぜひ、どうぞ。」
「わたしもみるーっ」
「本番までの楽しみにとっておくからパパに6見えないように頼むぞー。」
なんと...幸せな光景だろうか。
すまん。白仲。もう俺は満足だ。
その後、香南ちゃんと白仲母のゴールデンほわほわコンビのおかげで、和やかな空気のまま、時間は過ぎていった。
「今日は家で食事用意するので、そろそろ失礼致します。」
「あたしもしつれいするーーーっ」
一緒に失礼してぇぇぇぇ
「あ、じゃあ最後に、2階の和室に衣装を持っていくから、少し付き合ってくれるー?」
「はい。俺で問題なければお手伝いします。」
俺は白仲母と2人で2階に上がり、案内された部屋に衣装をかけた。
「すみません...聞いてるかなとは思うんですが、俺、こないだ...」
俺が事件のことに触れようとした瞬間。
突然、白仲母が俺を抱きしめてきた。
「全部聴いたよ。本当に巻き込んでごめんね...そして、うちの娘を助けてくれてありがとう。旦那からも聴いたかもしれないけど、後のことは任せて。一人で背負いこまなくていい。今回のはあなたが背負いこむべきことじゃないわ。こういう時は自分を誇って、大人を頼っていいのよ。」
「ありがとう...ございます...」
また白仲父とは違った優しさの包容力を持った不思議な感じだ。
「あ、あと、私は恵美。旦那は健治っていうの。これからは恵美さんって呼んでね!」
俺はこの時、家族以外で、初めて信頼できる居場所を与えてもらった気がした。
「今日はありがとうございました。」
「いいえ、こちらこそ。わざわざありがとねー。そうだ!劇、みんなで一緒に観に行きましょう!」
「ぇぇぇ、そんなにはりきって見に来られると恥ずかしいよ...」
「頑張れよ、柚香。」
白仲家の微笑ましいやりとりを見て安心した俺は、一礼して白仲家を後にする。
学祭、恵美さんはみんなで一緒と言っていたが、俺は参加できない。少し寂しいが、仕方のないことだ。
俺は自分に言い聞かせて、2度目の白仲家ロスを感じながら、帰路に着いた。
翌日、白仲恵美と白仲健治は、両名、通行人が近寄りがたいほどのとてつもない怒気を放ちながら、学校に乗り込んでいた。一切のアポ無しで。
「行くわよ。」
「あぁ。」
白仲家への2度目の訪問から2日後、下田家に学校から、下田涼の謹慎処分取り消しの連絡が入った。
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