第20話 思惑

「もしかしたら、彼女、ストーカーに脅されて、真実を言えないだけかもしれないわ。友達としてあなたが助けてあげてね。」







 完成した衣装を渡しに白仲家を再訪した翌日、俺は近所のオシャレな雰囲気の美容室に髪を切りに来ていた。


 この美容室は小さい頃から近所にあったので、よく見かけはしていたが、これまで一度も来たことはなかった。


 基本的には、近くの安くて仕上がりの速い理髪店で、生きるのに支障をきたさない程度に髪を整えるくらいたった。


 今回は謹慎処分を受けての気分転換も含めて、思い切って訪れてみた。


 実際、店の前に立って、俺は少し後悔し始めていた。

 俺にはオシャレ雰囲気が強すぎるか...


 いや、引き返すのは馬鹿馬鹿しい。ここまできたらと思い切って入る。


 オレンジの照明によって暖かい雰囲気に彩られている店内に入ると、20代前半くらいと思われる女性がいた。


「どうぞっ、お。君、初めてだね。ここに座って。」


 黒髪ベースに毛先が紫がかったセミロングヘアのその人は、気さくに話しかけてきた。


「どうも。」


「今日はどんな感じにするの? 髪、結構伸びちゃってるねー。」


「おまかせでお願いします。」


「分かった。じゃあ無難にモヒカンにするね。」


「すみませんでした。勘弁してください。」


「よろしい。で?」


「...極端に形を変えない方向で切りすぎない程度に整えてください。」


「それただの微調整じゃん...」


 初対面の割には、なんとなく会話のテンポが良い感じになったお姉さんとうだうだ会話しながら、隠れていた目がはっきりと見えるくらいにはカットしてもらった。


「また来てねー。」


 お姉さんに見送られて俺は店を出る。

なんか、あれだ、絶対にまた来よう。







 後日、謹慎の取り消しを伝える電話が家にかかってきた。


 そして、学祭の前日、なぜ急に処分が撤回されたのか、デマが収まって、真実が校内に伝わっているのか。

 事件のことについてあれこれ考えながら、俺は少し重たい足取りで、数日ぶりに登校した。


 教室に着くまで、俺対して、特に周囲からの精神にダメージを負うような発言や罵声を浴びせられることはなかった。


 デマは既に死んでるかもしれない。

僅かな希望を抱きながら、俺は教室に入って、席に着く。


「お、おい、あの席ってことはあいつ、ストーカーの下田か?」


「謹慎してんじゃないのか? ていうか、なんか見た目変わったな。」


「私、ありかも。」


「いやいや何言ってんの。あいつ、ストーカーだよ?しかも白仲さんを脅して無実を証明しようとしてるクズ。」


 聞こえてくるクラスメイトの辛辣な言葉から、俺は現状の把握をした。


何も変わってないか...


 白仲も頑張ってくれたが、中々ひっくり返せなかったっぽいな。


 俺個人の状況としては、謹慎解けただけでありがたいと考えることもできる。


 ただ、気になるのは、白仲の精神状態だ。

クラスメイトにはそんな気はないだろうが、今の俺に対するヘイトが溜まっている状況から生まれる白仲の罪悪感は、彼女のメンタルに大きく作用してきそうだ。


 そういう観点から、自分のためでもあるが、白仲のパフォーマンスのためにも、今回の件は劇の前には解決させたかった。


思考を巡らせるが、ベストな策が思いつかない。


 頭ごなしに否定しても、全てマイナスに捉えられる。決定的な証拠もない。


万事休すか...


 脳内で頭を抱えて悩みに悩んでいると、あっという間に昼休みになった。


「ねぇ、どこかでちょっとだけお話ししない?涼ちゃん。」


 1人での食事を手短に済ませて、トイレに向かっている途中、美礼に遭遇した。


 こいつがこの余裕のある含み笑いを浮かべた表情の時は、大体ロクなことを考えてはいない。


 俺は警戒心を持ちつつ、話を聴くために彼女の後をついていった。

 そして、着いたのは、人気のない校舎裏。


「こんなところに呼び出して一体なんなんだ。」


「シチュエーションからして告白かもよ?どうする?」


「分かった分かった。茶化すな。用件を話せ。」


「んもう...つまらないわね。」


 ストレスが溜まっているのも影響して、俺は会話を急かす。


「涼ちゃんに見せたいものがあるの。」


「なんだ。」


「これなーんだ。」


 美礼は動画の再生ボタンが表示されているスマホの画面を見せてきた。


「これを再生しまーす。」


美礼が、再生ボタンを押すと、動画が始まった。


 カラオケ屋の前で、2人の男子生徒が嫌がっている女性に迫っている場面から始まり、そこに1人の男子生徒が駆けつけて、2人の男性を倒す様子が流れている。


「なんで、フルバージョンを持ってる。」


「ふふっ、友人がたまたま最初から撮っててね。貰ったの。」


「たまたま?」


「そう。たまたま。」


「で?それをチラつかせて何がしたい。俺はもう諦めた。今更自分の保身のために、大それたことをしようとは思わない。」


 俺は心中を悟られないように、ポーカーフェイスを意識して美礼に対応する。


「でしょうね。あなたならそう思うでしょうね。でも、このままだとイマイチな劇になるかもね。その上、今後の彼女とクラスメイトの信頼関係はどうかしら。」


こいつ...


「私なら、この動画を使ってひっくり返せる。私なら。」


「はぁ...分かった。何をすれば良い。何が望みだ。」


「うーん、どうしよっかなー。今度の休みに、

一日中、私の言うことを聞いてもらう。

これでどう?もちろん、痛みを伴うような非人道的な指示は出さないわ。」


嫌すぎる...


「分かった。」


「ふふっ...そう言うと思った。ねぇ、どうしよう...楽しみすぎて身震いしてきちゃった...」


 口元を緩ませながら、美礼は顔に添えて言った。これは...完全にやばい人間の目だ。


 常軌を逸したその様子に、俺は心の底から、これまで感じたことない恐怖を感じた。

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