第17話 感情 〜白仲side〜


私は自分のことがあまり好きじゃない。もちろん、外見に関しては、姉と比較するとコンプレックスがいくつも出てくるが、自分の中で一番気にくわない部分じゃない。


一番気にくわないのは、頭の弱さ。無論、学力のことじゃない。

思慮が浅い。考えが足りない。昔から大事なことや物事の本質に気づくのに時間がかかる。



柚香は、謹慎期間中により、空席となっている涼の席を眺めながら、自己嫌悪に陥っていた。



下田涼。

姉の紹介で、私のなんとも幼稚な願望を叶える手助けをしてくれる人として目の前に現れた、クラスでも目立たないタイプの人。


常に冷静で最初は会話もそんなに続かなかった。姉の紹介とはいえ、正直、彼の見た目からすると、適任とは思えなかった。


ただ、私には彼以外に頼れる人がいなかった。とりあえず、忠実に指示に従ってみて、効果がなさそうだったら、この関係性はなかったことにしようと思っていた。


姿勢やメイク、髪型、女性らしい仕草、異性をドキッとさせるような言動や行動などの基本的な部分から、クラスメイトとの分け隔てないコミュニケーションまで、彼の指示やアドバイスは具体的で多岐にわたった。


指示に従っていくと、すぐにクラスの中心人物になれた。

男子の私を見る目も変わったように感じるし、よく話しかけられるようになった。新しい女友達も増えた。


どれも男子にされるようなアドバイスではないから、戸惑いつつも、状況が好転する一方なので、指示に従いつづけた。



ただ、彼のやり方に途中から違和感を覚えた。特に劇のくだり。


打ち合わせで、劇をやりたいそしてヒロインもやってみたい、という旨の発言をするように指示をもらったので、そのまま発言をした。


すると、あれよあれよと、私が発言したことが実現されていく。

ただ、問題は結果ではなく、その過程だ。やり方が、なんというか、不服だ。


私にはメリットしかないが、彼自身にはデメリットだらけのやり方なのだ。


自らの立場を犠牲にして、目的を遂行する。最初は結果が自分にとってプラスだったから、何も考えてなかった。



ただ、毎週水曜の打ち合わせで彼と打ち解ければ打ち解ける程、彼のやり方への不満は溜まっていった。



極端に言うと、自分の恥部を晒している唯一の同世代の男子だ。

いつのまにかどこかで彼に依存していたのかもしれない。



ただ同時にそれは私にとって彼が特別な存在であり、そんな彼が自らを蔑ろにしているところを見たくなかったのだと思う。



人気のイケメン王子こと八島君や、他の男子が距離感を縮めてきていたが、劇の練習が中判に差し掛かった頃には、毎日彼のことばかり考えていた。


恋心というには、あまりにも複雑に入り組んだ感情だったので、断定はできなかった。



そんな矢先の、こないだ事件だ。

今考えると、サッカー部の手口に引っかかっている時点で、もう自分の浅さ、甘さが浮き彫りになった。


終始不快感しかなかった。相田君の態度、3年の人達の距離感、体への視線。


カラオケボックスを出た後、強引に連れていかれそうになった時、心の中は恐怖で怯えきっていた。


そんな時に、たまたま現れたのが、下田君だった。 子供みたいな表現だが、ヒーローが駆けつけてくれた。純粋にそう思った。


殴り合いの直後に真っ先に私の心配をしてくれた。嬉しかった。


好きだと思った。この人のことをもっと知りたいと思った。この人の興味を引きたいと思った。


あんな、漫画の主人公みたいなことを現実でされたら、誰だって惚れる。

普段の全てを諦めたような、悟ったような雰囲気からは想像もできないあんな姿を見せられたら、、、 ずるい。




事件の次の日、下田君に処分が下された。


耳を疑った。


処分を仕方ないと受け入れている彼自身にも腹が立ってしまった。

彼は自己犠牲や自分への酷い扱いや仕打ちに慣れすぎて麻痺している。



このままじゃ終わらせない!


彼のことだから、3年の人達には何かを手を打つかもしれないけども、恐らく、自らの名誉挽回に向けての計画やデマへの対策は何も考えていないと思う。


私も助けられてばかりは嫌だ。行動を起こせば周囲は変わるということは彼自身から学んだ。


何も臆することはない。

好きな人のために何かをしたいと思うのは当然の感情なのだから。

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