142話 幽霊だろうが人間だろうが教育方針は人それぞれなのです

「おっはようございまーす!!!!」


 部屋に響く明るい声。それと同時に勢いよく開かれるふすま。

 うん、元気なのはいいことだけど今何時だと思ってるんですかね。


「あれ? 起きてたんですか、絶対に寝てると思ってたのに」


 いやできることなら俺も寝たかったけどさあ。


 俺が起きていたことがよっぽど意外だったのか目を丸くしながら後輩は、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。


 そんな後輩を尻目にスマホを手に取ると表示された時間は朝の四時半。

 ……朝からこいつは元気だなあ。


「大丈夫ですか? ゾンビみたいな顔してますけど」


 そういいながら顔を覗き込んでくる後輩の髪は跳ね散らかっている。 

 いや、セットくらいはしてこようよ……。


 大丈夫か大丈夫じゃないかと言われれば全然大丈夫ではない。

 なんせ俺は起きたのではなく、ずっと起きてたのだから。


 ……大変だったんだよ。

 おかみさんと話してレイと少し遊んでたけど、さすがに疲れていたのか睡魔が襲ってきて即就寝。


 そこまではよかった。


 しかしそれから体感的に三十分ごとに目をこじ開けられる感覚に襲われて目を覚ますわ、金縛りにあって起こされるわ、終いには足をつかまれて部屋中を引きずり回されて起こされるわ……そこまでされると俺も寝られたものではない。


 そしてここまで存在感をアピールされればいくら霊感がなく気配すら感じない俺ですら悟るよね。さとるだけに。


 女将さんにとってはいい幽霊なのかもしれないけど、俺にとってはとんでもない悪霊でしたよ!


 いったいどういう教育してらっしゃるんですか!

 ……まあおかみさんに八つ当たりしてもしょうがないんだけどさ。


 そんなこんなで寝れずに朝を迎えたわけである。

 もはや限界突破して眠くないよ。逆に。


 レイ? 隣でぐーすか気持ちよさそうに寝てるよ。


 どういうわけかここに住みついている幽霊は寝ているレイにいは一切手を出そうとはしてないようだった。


 いや俺が気づいてないだけでもしかしたら何かしてるのかもしれないけど、もし寝ているレイに手を出していたりしていたらレイが何もしないわけがない。そんな気がする。


 なんだろうね、幽霊のお姉ちゃんとしてでも見てたのだろうか。


 それとも何かレイが先んじて手を打っていたか。

 まあレイが手を出されなかった分、俺の方にいたずらの魔の手が伸びてきたというオチだろう。


 レイを守れたと考えればちょっとは溜飲も下がるってもんだね!


「おーい、せんぱーい? 起きてますかー? 目あけたまま眠るとかいう無駄な高等技術されてると私気づけないんですけどー?」


 あ、後輩のことを忘れていた。目の前に顔があるのに存在を忘れていた。

 やっぱり寝不足は大敵だ。周りへの注意力が散漫になりすぎるみたいだ。


「で、何しに来たの?」


 こいつはこんな朝っぱらから、人によっては深夜に何しに来たんだろうか。


「うわ、開口一番があいさつでもなく冷たい質問とか。私じゃなかったら泣いてますよ」


 お前だから言ってんだろうが。

 こんな扱いしてもおれるようなメンタルをしていない後輩だから、俺はこういう対応をしているのだ。別に他の人にも同じ対応はしない。


「喜べ、特別扱いだ」


「何もうれしくない特別扱いありがとうございます。って、そんなことはどうでもいいんですよ! 行きますよ!」


 だからどこに? こんな朝っぱらから電車もまだ動いてないよ。

 人はみんな夢の中だよ。


 こういう時こそ部屋にいるであろう幽霊たちは後輩をどこかに連れて行ったりしてくれないだろうか。


 しないんだろうな。4時くらいから何の反応もなくなったし。もしかしたらぐっすり寝てるのかもな。散々俺をもてあそんどいて張本人たちはしっかり夢の中にいるのかもしれないね。


 幽霊が夢を見るのかどうか知らないけど。今度レイに聞いてみようかな。


「何ボーっとしてるんですか! 低血圧ですか? 伏見稲荷、行きますよ! ほら、ハリーハリー、時間ないんですから!」


 ああ、そういうことか。そういえば今日は朝から伏見稲荷に行くってスケジュールだったか。

 朝ってこんな早いとは思わなかったけど。


 まあ行くにせよなんにせよ俺の準備は大したことないとして、この隣で可愛い寝顔を晒しているお嬢様を起こさなければいけない。

 うーん、守りたいこの寝顔。


「そんなことよりお前のその寝ぐせはそのままでいいのか?」

「なっ!?」


 俺は後輩の頭を指さしながら指摘する。

 後輩は今気づいたのか自分の頭を両手で触りながら徐々にその顔を真っ赤に染め上げていく。


「れれれレディに指摘するなら自分自身もなんとかしてくださいね!」


 苦し紛れなのか負け惜しみなのかそういい放った彼女は、そのまま立ち上がると足音を立てながら部屋から出て行った。


 指摘されて恥ずかしくなるくらいなら、最初からちゃんとセットしてくればよかったのに。変な奴だよ。


 まあ何はともあれこれで邪魔はいなくなった。

 俺はさっそくレイを起こす準備にかかった。



 ちなみにレイを起こすのは困難を極め、その後30分は格闘をしていたことをここに残しておこう。


 触れない、大声を出しても後輩に不審がられる。そんな状態の眠り姫を起こすのはさすがに難易度高すぎますよねえ……。

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