141話 出会いのタイミングってめちゃくちゃ大事だよね
俺は手を出し先を促す。ここまで話しておいておかみさんの話を聞かないなんてことはできないしね。
「私もねもともと霊感はなかったの。もうちょっとちゃんとした状態で夫と二人でこの民宿をこじんまりと営業してたわ。近所の人が認知している、自分で言うのは恥ずかしいけれど隠れし良宿なんて言ってもらえてたわ」
だから温泉の設備があったり、部屋がちゃんと分かれてたりしてたのか。
してたっていう過去形なのが気になるけど。
「でも夫が病気でなくなってしまって。私には何もなくなってしまった。そう思ったわ。だから民宿の営業もやめようと思って、そのころには生きる気力もなかったかもしれない。そのころだったかしら。小さな子供たちが寄り付くようになったのは」
小さな子供……。おかみさんの言い方的に近所の子供とかではなさそうだよなあ。
「最初は私も幽霊だなんて思わなかった。でも人の子だろうがたとえ幽霊だろうが同でもいいと思っていた私は、その子たちをおもてなしするつもりで民宿のおかみさんの振る舞いを続けていたわ。子供たちはいつでも元気で私を振り回すようにいろんなことをして、私もちょっとずつその日常を、夫がいない日常を受け入れつつあった。そんな奇妙な生活が始まってしばらく経ってからある学生さん二人が訪ねてきたの。ネットで予約したものですけどって」
その学生の心情はよくわかる。多分俺たちと同じ状況だっただろうから。
ネットで見つけた格安の旅館予約。ダメもとで応募して訪れたら古民家だったときの不安。
「その時は民宿を営業している認識はなかったし、ネットへの掲載なんて夫と経営していた時ですらやってなかった。でも私にはすぐあの子たちの仕業だってわかった。それに料理は毎日あの子たちに用意してたから、すぐに用意できたし温泉も用意できた。民宿はいつでもできる状態だったのよね。それからは一年に一回くらいのペースでお客さんが来るようになったの」
はたから聞けばもう営業しているつもりのない民宿の情報をネットに載せてお客さんを連れてくるなんて、なんて迷惑な幽霊だって思うけど、おかみさんの表情は穏やかで怒っているような様子は一切なかった。
「それを私は受け入れた。私はあの子たちに憑かれたんだって思ってた。私が絶望しないように、死なないように。どういう理由かは分からないけど、もしかしたら元々ここにいてこの場所を気に入ってくれてたのかもしれない。気に入っている場所がなくならないように私をこの場所に、この世にこの子たちは引き留めておきたいんだろう。ってそう思うことにしたの」
おかみさんはそこまで話し終わるとふーっと息を吐いて目を伏せながら下を向く。
まあ確かに人生のどん底でそんな摩訶不思議なことがあったら順応することはできても、受け入れることはできないかもしれない。
俺の場合は何の変哲もない日常の中にレイが突然現れたから、受け入れることができたけど。
おかみさんは顔を上げて俺の方に顔を向ける。
その表情はどことなくすっきりしているようにも見えた。
「でもあなたに言われてちょっとだけ考え方が変わったわ。憑かれてるんじゃなくて憑いている。確かに私はあの子たちがいたおかげで夫を失った悲しみをごまかせたし、今でもこうして生きている。あの子たちがこの場所を、私を求めているんじゃなくて、もちろん最初はそうだったかもしれないけど、今は私があの子たちを求めているのかもしれない。私もあの子たちがいない生活は、もう考えられないもの」
残念ながら俺には子供たちの姿は見えないからどんな顔をしておかみさんに接しているのか、見ることはできない。
でも今のおかみさんの表情を見る限りきっといい関係を築けているのだろう。
結局何か関係を紡ぐのに相手が人か幽霊かなんて些細な問題でしかないんだと思う。
「よかったですね。その子たちがおかみさんの元にいてくれて」
「そうね……」
意外と長時間話していたからだろうか。ちょっと冷えてきた。
そろそろ部屋に戻ろうかな。
「じゃあ俺は戻ります」
「引き留めてごめんなさいね」
今はなんだか少しでも早くレイの顔が見たい。そんな気分だ。
「あ、最後に一つだけいいかしら。どうしても言いたいことがあって」
「……?」
「あなた……結構若い子が好きなのね」
「ぶっ!!」
さっきまでのシリアスはどこに行ったのか、おかみさんはいい笑顔を浮かべてそんなことを言ってきた。
もしかしてさっきの苦笑いもそっちの意味だったわけじゃないですよね!?
それに確かにレイの言動は幼児退行化しているようにも思えるけど、それでもあの見た目的に最低でも高校生ではあるはずだからね! 多分!
まあそれでも十分に若いんですけども!!
「いや別に悪い意味じゃなくてね。隣にあんな美人さんを連れて一緒に旅行をしているのに、それでもあの子を選ぶのがちょっと不思議で。ごめんなさいね」
おかみさん、それはちょっと勘違いしてますよ。
たしかに隣に連れている後輩の見てくれはいいですよ。完璧かもしれない。
それでも。
「人は見た目がすべてではないんですよ」
「……ふふっ。幽霊に恋している人がいうと説得力あるわね。お風呂上りに引き留めてごめんなさいね。でもとても有意義な時間だったわ」
くすくすと微笑んでいるおかみさんに見送られるのがちょっと気恥ずかしかった俺は、軽く会釈すると少し速足で部屋に戻ることにした。
早くレイに会いたい。レイと遊んで早くこの恥ずかしさを忘れたい! 霧散させたい!
いつも最後までちゃんと締まらない俺である。
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