99話 転がり落ちた結果、最大の不幸がわが身に降りかかる。

「つまりなに? いまさと兄の後ろに隠れているその子は幽霊で、いつの間にか家に住み着いていて、怖いのを隠すために接していたら、懐かれたってこと?」


 疲れた……。

 あの状況から逃れる術など結局あるわけもなく、俺は洗いざらいすべて妹に話す羽目になった。


 まあ一部正しく伝わっていないようだが。

 俺は最初からレイに怖さなど感じていない。


 素直な気持ちでぶつかっていたら懐かれていた。

 ただそれだけの話だ。……ほんとだよ?

 しかしそれを否定することすら億劫だった俺は、とりあえず首を縦に振る。


「ふーん?」


 なんかもう3年分くらいしゃべったような気がする。

 普段働かない口を突然過重労働させると、全身が疲れるんだな。

 人間の神秘っていうか新発見だ。


 ただ俺がここまで頑張ったとしても、妹が納得してくれるかどうかはまた別の話だ。

 もし俺が妹の立場だとして、突然幽霊がどうのこうのって言い始めても信用なんてできるわけがない。


 でも本当なんだから仕方ないよなあ。

 ちなみになんでレイが俺の背中の後ろに隠れているかというと、あのひっくり返った状態から一回転して俺の身体を完全にすり抜けたレイは、そこでようやく妹が目の前にいることに気づいた。


 俺の身体をすり抜けたことで、目の前にあったちょうどいい俺の背中を隠れ場所に使ったということだ。


 ……なんで目の前に来るまで気づかないのさ。俺のズボンに気を取られすぎじゃない?

 俺が初めてレイの姿を確認した時も思ったが、幽霊なのに人の気配を察知する能力が鈍すぎる。


 妹は俺とレイを交互に見つめて、なにやら首をひねっている。

 もちろんこんな状況で俺が口をはさむわけにもいかない。


 というか正直もうしばらくは口を開きたくない。

 これ以上口を動かすと顎とか頬とかが外れそう。


「なるほどね、理解した。というかあんなの見せられたら納得するしかないでしょ」


 妹はレイをまっすぐに見つめながら、うんうんとうなずきながら何か納得をしたみたいだ。

 レイのことを幽霊だと認めるということだろうか。俺の話を信じてもらえた?


 あんな無茶苦茶な状況で、無理やりな説明を受けて納得できるなんてもしかして俺の妹って……ちょろいのでは?


「よく騙されない?」


「はあ?」


 お兄ちゃん、妹が詐欺に引っかからないか心配だよ。

 最近携帯に俺を名乗る人物から電話とかかかってきてないよね?


 妹の中で俺よく事故にあったり入院したりしてないよね。

 我ながらあの説明で納得してもらえるとは思っていなかった。


「あー、そういうこと。大丈夫だよ。さと兄だから信じたんだし、目の前で超常現象を目の当たりにしたんだから、信じるしかないでしょ。それにこのご時世、幽霊くらいで驚いてたら生きていけないって」


 どうやら妹は単純に心の広い人物だったようだ。  

 いくら心が広いといっても、実の兄が幽霊と一緒に仲良く暮らしてたらびっくりすると思うけど。


 それにしても超常現象か。

 俺にとってはこれが当たり前になっていたから、そんな感覚とうの昔に忘れてしまっていた。


「ちゃんと見ればかわいい子だし、さと兄になついてるし、悪い子じゃなさそうだしね」


 ちゃんと見なくてもレイは可愛いだろ、ちょっと自分が美人だからって調子に乗るんじゃないよ。

 訂正しなさい。


「……おいで?」 


 怒り狂っている俺を無視して、妹は後ろにいるレイに向かって手招きする。

 もちろんビビりまくっているレイが、彼女のもとに近寄るわけもなく冷たい空気を大量に放出しながら、俺にしがみついている。


 いやこれ妹じゃなくて俺にダメージ来てるから。

 久しぶりにこんな冷気浴びてるから、身体が感覚忘れててめちゃくちゃ寒いんだけど。


「うーん……」


 妹は腕をさすりながら、何か考え事を始める。

 この冷気は部屋全体に充満しているらしい。

 そんなのを間近で直撃している俺、よく生きてるよな。


 そんなことを考えていたら、おもむろに妹は冷蔵庫の方へと向かう。


 そして一段目を開けては閉めて、そして二段目の野菜室をあけてなにやらごそごそと探り始める。

 人の家に来て勝手に冷蔵庫の中を見る上に、中身を探るなんてなんて非常識な子なんだ。


 冷蔵庫の中は乙女の神秘という言葉を聞いたことがないのか。

 実質お前は今乙女の神秘の中をぐちゃぐちゃにしてるんだぞ。

 俺の中にある純粋な乙女が汚れたらどうしてくれるんだ。責任取ってもらうぞ。


「あ、あった」


 つぶやき何かを手に取り、野菜室を閉める妹。

 いったい何を探して……て、あれは!


 妹が手に持っているものが目に入る。

 あれはレイに見つからないように野菜室の奥深くに隠していた、高級生クリームプリン(コンビニ産)じゃないか!


 いや俺も買う前までは、プリンに生クリームなんて邪道だとか思っていたけど、いざ食べてみると甘すぎないクリームと、絶妙な甘さのプリンがちょうどいい塩梅に絡み合って、カラメルとはまた違うおいしさだったのだ。


 それからは何かのご褒美に買うようになった。

 そんな大事な俺のご褒美を妹は握りしめていた。

 いったいそのプリンで何をしようというのか。

 というかそれをレイに見せるとまずい。


 まさか!


 一つの可能性に思い至り、ゆっくりとレイがいる方へと顔を向ける。

 ……時すでに遅く、レイはプリンを凝視してよだれを垂らしている。


「女子を釣るには甘味物でしょ!」


 妹は勝ち誇ったようにどや顔をすると、手に持ったプリンを突き出しながらゆらゆらと手を揺らしている。


 言い方はあれだし、甘いものが嫌いな女子もいると思うけど、確かにレイに対してその作戦は有効だ。

 もう有効というより決定打になるんですけども。


 案の定レイは妹が持つプリンに引き寄せられるように、ゆっくりと俺から離れて妹の方へと足を進める。

妹はそんなレイをどこかへと誘導するように、ゆっくりと後ろへと歩を進めている。


 いいのか、レイ! そのまま簡単にレイにつられてしまってもいいのか!

 幽霊としての、というか人見知りとしての誇りとかプライドとかそういうものはないのか!


 いや確かにあのプリンの誘惑は逆らえないものがある!

 ていうか俺が食べたくて買ったんだから、あれは俺用なんだよ!


「ちょっと、バカ兄はついてこなくていいから」 


 妹の冷たい視線とありがたいお言葉。

 しまった。俺自身プリンの誘惑に負けて無意識に妹に近づいていたらしい。


 しかしこのままだと、せっかくのご褒美生クリームプリンがレイに食べられてしまう!


 そしてレイがあの味を知ってしまったら、きっとしばらくはおねだりするに違いない!


 そして俺はそのおねだりに逆らえない! 結果俺は金欠になって破産する!


 そうプリン破産だ!


 そんな未来を避けなくてはと思うものの、あのプリンが妹の手に渡ってしまった時点でもう遅い。

 ゆっくりと一定の距離を保ち続ける妹とレイはゆっくりとリビングから去っていく。


「さと兄はついてきちゃだめだからね! 乙女の会話に割って入ろうとしないでね!」 


 どうやら乙女の会話という名の何かが行われるらしい。

 妹に逆らえば何をされるか分かったものではない。


 プリンはあきらめたくないが、ここは潔く二人の会話が終わるのを待つべきなのだろう。


 レイ、生クリーム嫌いだったりしないかなあ……。



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