97話 一度転がり始めると止まらないのが、人生なのです。まあ、なんだ、その……頑張れ?

 いやいやいやいやそんなまさか。

 先輩と後輩には見えていなかったんだ。


 よりによって妹にだけレイの姿が見えるなんて、そんなこと考えられるか?

 先輩と後輩には見えなくて、妹にだけ見えている理由。

 俺と妹がレイの姿を見ることができる理由なんて、何かあるか?


「ドライヤーならそこに」


「そんなことはどうでもいいの」


 とりあえず気でもそらしておこうと思ったが、言葉をかぶせるように妹に発言を遮られて、あえなく失敗。


「私怒らないよ? お兄ちゃんがどんな罪を犯していたとしても怒らないから説明して? ほら、私たち家族じゃない」


 やけに冷静かつ静かな口調で語りかけてくるのが逆に怖い。

 家族……そうだった。俺とこいつとの共通点ならある。


 血のつながり……当たり前すぎることだし、容姿が違いすぎてたまに忘れるが強力な切っても離れない共通点があった。


 つまり俺の家族にはレイの姿は見えるってことか?


「お兄ちゃん? 黙ってたらわからないよ?」


 しまった。妹のやつかなり怒っている。

 ここで黙り続けているのは悪影響しか生まないのはよくわかっている。


 わかってるけど……どう説明したらいいわけ!?


 助けを求めるようにレイへと目を向けるが、彼女は我関せずといった様子で体を揺らし続けている。

 いや君がここにいるから、こんな事態になってるんだからね? わかってる?


 ……わかってないんだろうなあ。


 というか俺と初対面の時はビビり倒して逃げていたのに、なんで今はそんなに落ち着いてるの。

 反応が違いすぎてちょっと悲しくなるんだけど。


 ま、まあそれはいいや。

 今はとりあえずこの状況を打破するために、何か言い訳を……!


「……なりゆき?」


 ……ぬあああああ!

 なんで口をついて出た言い訳がよりによって、なりゆきなんだよ!

 そんな説明で誰が納得するんだ。そもそも説明になってない。


 ほら見てくださいよ、目の前で煙を上げている女性の表情を。

 もう美人が台無しになるくらい、美人の跡形もないくらいその顔面がゆがんでしまってますよ。


 俺はここから挽回すれば、死を免れることができるのか想像もつきません。

 やめて、近づいてこないで。


 それ以上近づいたら俺は燃えカスになってしまうような気がする。

 真っ白に燃え尽きるんじゃなくて、真っ黒な消し炭になりそう。


 あとどうしてレイはこの状況で俺のズボンを引っ張って、脱がそうとしてるの?

 先輩に悪い影響でも受けたの?


 そうだとしても今やることじゃないだろ!

 目の前の燃え盛る炎が見えないのか!


「お、落ち着け」


「落ち着け? この状況を見てどうやって落ち着けっていうの? 誘拐してきたの? もう遅いけど、自首すればまだ罪は重くならずに済むかもしれないよ?」


 俺に諭すように話しかけながら、じりじりと距離を詰めてくる妹。


 確かに気持ちはわかる。

 一人暮らしだと思っていた兄の部屋に、見知らぬ女子が居座っていてしかも俺になついている。


 そんな状況が急に目に入って動揺しないわけがない。

 ああ、気持ちはわかる。

 だが説明が難しすぎる!!


 レイ、ズボン引っ張らないで! なんでそんなに脱がしたがるの!

 その行動のどこに楽しさを見出したのかまず説明して!

 せめて俺とレイだけの時にやって欲しい。


「私お兄ちゃんのこと信じてるんだよ? こんな光景を見た今でも信じたいと思ってるんだよ? まさか私のそんな純粋な気持ちを踏みにじる気?」


「まず説明をだな」


「どうぞ?」


 正直レイが発する冷気の数倍冷たい氷点下に達しそうな視線で、こちらを見つめる妹。


 こんな時にとっさに言い訳が思いつけばいいんだが、レイの攻撃を阻止することに意識が向けられすぎていて、話に集中できない。


 いやいくらお兄ちゃんだとしても、実の妹の前で下半身露出するのは避けたいじゃないですか?

 それにこんな空気の中でいきなりパンツ一丁になったら、俺は本当にこの世からサヨナラしなければいけなくなってしまうかもしれない。


 いや、かもしれないではなく確実にそうなる。

 だから自分の命を守るためにも今の行動を止めるわけにはいかない。


「お兄ちゃん?」


「うわあ!!」


 妹が眼前に迫り、俺を見下ろしたタイミングで、レイが突然声を上げる。


 手が滑ったのか、そもそもそんな概念があるのかわからないけど、とにかく突然俺のズボンから手が離れたレイは、勢いに任せて体が後ろに倒れた。



 そう、俺の膝の上に乗っている状態で、後ろに倒れたのだ。



 俺の背筋にヒヤッとした感覚が走る。

 それがレイの冷気によるものだったのか、今後の展開を察して発生したものなのか定かではない。


 そして再び妹は目の前の光景を見て、信じられないと、こちらへ訴えかけてくるかのように目を大きく見開く。


 そして、ずっと我関せずを貫き通していたレイの体は俺の腹部を貫通し、背中から顔をひょっこりとのぞかせていた。

 可愛げのあるその足は大きく天井に向かって伸びている。


 一体妹の目線からはどういう光景が広がっているのだろうか。

 一瞬その場所を交代してくれたりしないだろうか。



 …………。



 急募。この状況を打開できる天才的言い訳。

 だれか助けて……。

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