89話 とある性癖を持つ一般女性は過去を思い返す
初めて見て感動した建造物は、街にあったサンタクロースの銅像がたくさん配置されていたお城のような建物だった。
その周りだけはいつも薄暗くて、そんな中でぽつりと一つだけ建っていて、異様な存在感を放つその建物を見て、子供ながらにキレイと感じたことを今でも覚えている。
小学生の頃に見つけたその建物を暇があれば見に行って、その中に入るカップルたちを嫉妬の目線で見ていた。
それがもしかしたら私の初恋だったのかもしれない。
まあちょっと成長してからその場所がラブホテルだと知って、当時思春期真っ盛りだった私の恋心は砕け散ったんだけど。
まあ建造物の用途はどうであれ、私はその初恋をきっかけに日本中の有名な建造物を調べるようになった。
高校の頃には日本だけでは飽き足らず、世界のほうにも手を出し始めた。
将来はこういう建造物を眺める職業に就くんだと思っていた。
まあそれも就活のタイミングぐらいで、仕事の関係じゃなくてプライベートの関係がいいなと思って、考えを改めるようになったんだけど。
とにかく私は小さいころからいろんな建物に恋をした。
今は東京タワーが最推しっていうか好きっていうか、再推しって感じ。
もちろん普通に男の人と付き合ったこともある。
ありがたいことに自分に自信が持てるくらいに容姿は整っていたから、告白されることも多かった。
ちょっといいなって思った人とは付き合ったりもした。
でも告白されるときに「私は建物に恋をしてます。それでもいいですか?」ってちゃんと言うようにしてた。
「そんなの全然気にしないよ!」
たいていの人はそう言ってくれたけど、結局すべて三か月も続かない。
二か月続けばいいほうで、大抵は一か月くらいで別れを告げられる。
別れる理由は決まって「自分に愛情が向いてないから」
だって、しょうがないよね。私には今夢中なものがある。
熱量が多いほうに気持ちを傾けるのは普通のことじゃないかなって思うんだけど。
どうやら私の建造物愛は普通の人と一線を介してるらしかった。
何人かとおつきあいしてようやく自分のこの感情の矛先が普通じゃないって自覚した。
それが高校2年生くらいの時。
それからは人と付き合うってことはしなかった。
結果、もっと建造物にのめりこんでいくようになっていった。
そんなこじらせた状態でそのまま大学を卒業して入社した去年の春。
もちろん最初から私は周りに建造物愛をオープンにしていたわけではない。
むしろ認められないことが怖くて、普通じゃないって思われるのがなんか嫌で周りに合わせていた。
そんな時だった。同じ部署の先輩と昼を一緒にすることになったのは。
その時バッキンガム宮殿に想いをはせていた私は、彼への思いをはせながら食堂でご飯を食べていた。
そしたら先輩が腰を低くして頭を何度も下げながら私の隣に座ってきた。
確かその時周りは満席だったんじゃなかったかな。
うちの会社の食堂は社員に対してギリギリくらいの大きさしかないし、しょうがないかって思ったくらいだった。
先輩とは話したこともなかったし、そもそも誰かと話しているところを見たことがなかったから、同じ部署の先輩っていうくらいの認識しかなかった。
「幸せそう」
それは先輩の独り言だったのかもしれないし、その場の無言の空気に耐えかねて話しかけてきたのか、ともかくすごい小さな声だったけど、私のことを言ってるんだと確信した。
その時ちょうどスマホの待ち受けにしていたバッキンガムを見ていたから、ニヤニヤしてしまっていたのかもしれない。
「い、いや、これは違くてですね! 趣味というか特技というか癒しというか彼氏というか……ともかく違うんです!」
そんな顔をあんまり面識のない人に見られてしまったこと、もしかしたらスマホの画面が見えてて建造物を見てニヤついている変な人と思われてしまったかもしれないという恐怖。
そんな羞恥心やら恐怖心やらが入り混じって、ひどく動揺してしまって言わなくていいことを口走っていたような気がする。
先輩からすぐに返事は返ってこなかった。
むしろ何に対してかはわからないけどびっくりした様子で、それを隠すようにご飯を口に掻き込んでいた。
「ま、まあ。なんであろうと、自分が幸せであることって大事ですよね」
ずっと動かしていた手を止めて、口の中のものをゆっくり飲み込んでからボソッと放った一言が、なぜか私の中にしみこんでいくような気がした。
なんでかその時の先輩の言葉はお世辞とか社交辞令とかそういう風には思えなく、先輩の口から出た本音のように聞こえた。
考えているように言っているのではなく、ぼーっとしながら言っているかそういう風に聞こえたのかもしれない。
「あの、でも早くしないと休憩終わっちゃいますよ」
先輩はそう言い終わるや否や席を立って行ってしまった。
その時から先輩とちょくちょくお昼を一緒にするようになった。
というよりも私が先輩の姿を見つけると、無理やり近い席に座っていたって感じだけど。
まあ端的に言うと私は先輩に懐いた。
まあ……しょうがないんじゃないかな。
当時の私は、世の中で私のことを理解してくれる人なんていないってくらいは心の中でやさぐれていて、しかも慣れない環境で精神もそれなりにまいってたんだと思う。
そんな時に私の恋心を肯定してくれるようなことをぽろっといってくれたんだから。
うん、先輩が悪い。
まあ先輩に接すれば接するほど、基本的に先輩は人の話を聞いてなくて、会話の流れをぶった切ってわけわかんないこと言ってる変な人で、今思えば初対面でちゃんと会話が成り立っていたのは奇跡だったのかもしれない。
でもそんな先輩だからこそ、私も好きなことを話していて先輩にいろんな建物の話をするようになっていた。
それが災いしていつの間にか会社でも隠さなくなっちゃったけど、少なくとも同じ部署の人たちはそんな私を受け入れてくれていて、というよりもやっと本性を現したかっていう目すら感じたんだけど。
確かに同じ部署の先輩たちに比べたら、私ってまだまともなのかなとすら思えるようになってきた。
ある意味私の天職だったのかもしれない。この職場は。
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