88話 もう東京タワーと結婚するための法律でも作ればいいんじゃないかな。

 ……なんだこれ。どういう状況。どういう展開。

 いやさすがに酒に酔ってるって言っても、それはさすがに言いすぎじゃない?

 酒の席の誤りじゃ許されない発言なんですけど。


 そもそも試しに結婚って何。


 なに最近って仮結婚して、いろいろと合わなかったらやっぱりなしでとかそういうことできるわけ?

 俺そんなシステムしらないし、そんなシステムないよね。

 そもそもそれがあったとしても後輩と俺が結婚? いやいや、意味わからんでしょ。


 確かに社内では変人カップルとか茶化されることはあるけど、あくまでそれは愛称的なもので実際には付き合ってないわけで……あれ俺たち付き合ってるんだっけ?

 もう訳が分からなくなってきた。


 いや考えなくても答えは決まってるけど。俺にはレイがいるし。

 それに後輩のプライベートなんて知らないし、彼女のことすらあまりよくわかってないんだからそんな中途半端な状態で結婚なんてできるはずがない。


「俺は……」


 言葉に詰まる。彼女を悲しませないように、会社であったときに普通に接することができるようにする言葉はなんだ。

 そもそも女性から告白を受けたことなんてないから、こういう時どういう顔してなんて言えばいいのかわからない。


 いや、特に取り繕う必要なんてないのか? 思ったことをそのままいえばいいのか?


「正直めちゃくちゃ驚いてる。でも……あれ?」


 ずっと地面に顔を向けて考えていたが、これはまっすぐ相手の目を見て伝えるべきだと思い、顔を上げるとなぜか目の前に後輩の姿はなかった。


「先輩。なにしてるんですか。虫入っちゃうから、早く中に入ってください」


 あれ、なんでだろう。

 俺の目の前にいるはずの後輩の声がなぜかリビングのほうからするぞ。


 俺は首をかしげながらゆっくりとリビングのほうに顔を向けると、そこには胡坐をかいてするめを加えている後輩の姿があった。


 ……さっきまでの雰囲気は何?


「ちょっと」


 さすがに状況に頭が追い付かない俺は、頭を抱えながら後輩を手招きする。


「……さすがにごまかしきれないか」


「ちょっと。戻ってきて。頼むから」


 なんか言ってるけど、彼女の戯言を聞いている余裕はない。

 とりあえず説明してほしい。 


 君が一体に何を考えているのか俺に分かりやすく解説してほしい。

 俺の手招きに応じて後輩はするめを数本手に持ちながら、庭先へと戻ってくる。


「とりあえず正座」


 地面を指さす俺のことを目を見開きながら見つめてくる。

 いやそんな顔したいのは俺のほうなんですけど。


「いや、先輩。ここ砂利がすごいんですから」


「じゃあこっち。いいから正座」


 さすがに砂利まみれの場所で正座させるのは足を怪我してしまうかもしれない。

 それは俺も申し訳ないから、窓近くのアスファルトのところでいいよ。


 後輩は不満げな表情をしながらも、しぶしぶといった様子でアスファルトの上で正座する。


「どうぞ」


 俺は後輩のほうに手を差し出し、説明を促す。

 俺がすべきことは終わった。あとはご説明をお願いします。


「いや、そのなんというか……先輩ならいつもの冗談として受け取ってくれるかなと思ったんですけど。まさかのガチ受け取りされちゃって、どうしようってなっちゃって、なんかその場に居づらくなったんで……」


 いやだってあの空気はマジじゃん。なんか流れからオチまで完璧だったじゃん。

 どこかで練習でもしてきたのってくらいの雰囲気演出してたよね。


「だって普通に考えてください、試しに結婚とかそんなことありますか? 付き合ってもないんですよ? 普通にありえなくないですか!」


 そうだよな。付き合ってないよな俺たち。

 よかった。勝手に付き合ってるって思われたらどうしようかと思ったわ。


 それにすごい剣幕でまくしたてるけど、そんなありえないことをお前は俺にしてきたんだけどね。


「女優にでもなればいいんじゃないかな」


 俺はギリギリのところでため息を押し殺しながら、後輩の横を通りリビングへ戻ろうとする。


「あれ、先輩? 結構真面目に怒ってる感じですか?」


 ……そりゃ怒るだろ!

 なんだよ、冗談って。そんなに俺の純真な男心を踏みにじって楽しいか。


 気づけなかった俺が悪いとか、こんなことで怒るなんて大人げないってなるんだったら、俺大人になんてならない!


「ま、待ってください先輩! すいませんでした。調子に乗りました!」


 リビングに片足突っ込んでる俺の腕をつかんでくる後輩。

 振り返ってなぜか涙目になっている後輩の顔を見下ろす。


「うっ。想像以上に冷たい目線。いや、わかってます。私それだけのことをしたんですよね。受け入れます。受け入れますとも。ほんとすいません」


 後輩は謝りながらも俺を庭へと引きずりおろそうと結構な力を込めて俺を引っ張ってくる。


 ……いや力強い力強い。危ない危ない。

 普通に力負けした俺はリビングから体が離れ再び庭先へと戻ってくる。

 もう今日だけで一年分くらいのリビングと庭の往復を行った気がする。


「先輩一つだけわかっててほしいですけど」


 後輩は俺の両腕を両手でつかみ、俺の顔を見上げるように見つめてくる。


「私先輩のことは嫌いじゃないです。それだけは勘違いしないでほしいです。むしろ会社の先輩の中だったら一番、一番好きです。先輩として。尊敬……はしてないですけど。でも!」


 なんか真剣に言ってる風だけど、さっきの一件であんまり俺真剣に聞いてないからね?

 ゲーム風に言うと俺の中の君の好感度はマイナス50点くらい余裕でされてるからね。

 挽回は難しいんじゃないかなあ。


「でも、私の今の彼氏は東京タワーです。これは譲れません!」


 ……ん? なにいってるんだこいつ。

 どういう会話の流れで東京タワーが出現したの?


「月一でくらいしか会えない遠距離恋愛ですけど、彼はいつも同じ場所で堂々と待ってくれてるし、私もそんな彼を愛してます。だから先輩を彼氏にとか、先輩とか結婚とかそういう余裕は今はないので、ほんとすいません!」


 後輩は両腕をつかんだまま頭を下げる。

 だから俺は後輩の両手を取り、しっかりと握る。


真剣な言葉をぶつけてくれた後輩にはしっかりと答えてやらないとな。

俺が手をつかんだからか、はっとしたような表情で後輩は顔を上げながら、俺の手を握り返してくる。


「後輩よ」


「先輩……!」


「お・し・あ・わ・せ・に」


 俺はつくりに作った満面の笑みを見せながら、ゆっくりそういうと後輩の手を振りほどき、全力でリビングに戻りそのまま体を翻し、窓を閉める。


 後輩は俺の意図を察していたのか全力で俺の背中を追っていたようだが、ぎりぎり俺が窓を閉めるほうが早く、後輩はびたーんという音を立てながら顔面を窓にぶつける。


「ちょ!? 先輩!」


 ちょっとそのまま頭を冷やして反省しなさい。

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