61話 絶望は突然やってくる。
レイは俺の心を読めるエスパーに昇格したのだろうか。
もしそうなのだとしたらきっとレイはドSだ。
だって俺が嫌がっているのに、わざわざその方向に持って行こうとしているのだから。
「ほんとに着たいのか?」
俺の絶望的な視線を受けてなお、笑顔で俺の顔を見上げコクコクと頷いて見せるレイさん。
二人の間の温度差がすごい。絶対零度と熱帯夜くらいの温度差。
いつもと立場が逆転しているところがなお恐ろしい。
しかしレイにこんな楽しそうな、期待するような目線を向けられて俺の心は揺れに揺れていた。
別にレイの言葉を無視して、やっぱり何も買わずに帰ろうというのは簡単だ。
目隠しをしてこの場から去ればレイは俺についてきてくれるだろう。
しかしだ。そのあとのことを考えると、そんなことはできない。
多分拗ねたレイ、もしくは怒ったレイは多分俺がいまだ感じたことのないほどの冷気を俺にぶつけてくるだろうから。
別にそれが怖いというだけではない。目の前でこんなに期待した目を見せてくれる子の、しかも俺が好意を寄せている子からそんな目で見つめられて拒否できるだろうか。
そう、できるわけがない!!
結婚詐欺に引っかかりそうとか言わないでほしい。
男ならあらがえない性なのだ。わかってもらえるだろう。わかってもらえるよね?
「……本当に欲しい?」
「ほしい。さっきみせてくれたやつもほしい」
最後の抵抗もむなしく、むしろ追加要求を求めてきたレイに対しては俺は完全に折れた。
分かった。大盤振る舞いだ。こうなったら恥もくそもあるか。
レイが欲しいといったものと、俺の個人的な趣味でレイに着てほしいと思ったもの、まとめて買ってやろうじゃねえか!
だから欲望のあまり涎を垂らすのはやめてね?
可愛い顔が台無しだし、どんだけ口元緩んでるんだよ。
覚悟を決めた俺の行動は早かった。レイが欲しいと行ってきた物をとりあえず手当たり次第手に取っていく。
萌え袖絶対領域という完璧な俺得コーデを完成させるために、特に求められているわけではなかったが、ニーハイも手に取る。
もう一旦俺が着なければいけないという事実は頭のどっか隅の方に追いやる。
無の感情だ。何も感じないのが大事なのだ。
それに今は個人の多様性が尊重される時代だからな!
めちゃくちゃ男物の服を着ている俺が、突然女性ものの服に興味を持ったって別に誰も気にしないかもしれない。むしろ俺が気にせずに堂々としていれば誰にも何も言われないのかもしれない。
そう思いつつも俺は両手に服を抱えた状態で、なるべく人とすれ違わないようにルートを選び、試着室へと足を運ぶ。
「……ふーー」
極度の緊張状態から抜け出した俺はそのまま鏡にもたれるように背中を預けて、その場に座り込んでしまう。
何とか第一関門は突破した。
多分俺が女性ものの服を大量に持って、試着室に入ってるところは誰にも見られなかったと思う。
レイは俺の様子がおかしかったのか真似をするように、俺の身体にもたれるようにひっひっふーといって、一緒に座り込んでいた。
いやその言い方だと、疲れているというよりは出産間近の妊婦さんになっちゃうからね?
この子まさかわざとやってるんじゃないだろうな。
いや天然でやってるから恐ろしいんだけど。
ん? ちょっと待てよ。今レイが一緒に試着室の中にいるってことは、別に俺は女性服を着て外に出なくてもいいってことじゃないか?
そう、別に俺は自分の為に女性服を買うわけではない。レイのおしゃれの為に着る必要がある為、試着室に入っただけだ。
つまりここで俺が着て、そのままレイがそのお古を着てくれれば気に入ったものだけ買えるというわけだ。
そう考えると途端に体の力が抜けた。なんとか俺の羞恥心的な死は免れそうだ。
よし、じゃあ着替えるか。
手当たり次第にサイズの大きい服を手に取ったから、正直何を持っているのかあまり把握していない。ニーハイだけはしっかりと握ったのを覚えている。
さすがに女性ものの服を俺が着るにはそれなりのサイズの大きさにどうしてもなってしまう。
レイが着るとなると、どうしてもぶかぶかになってしまうだろうが、そこも加味して俺がぎりぎり着れるくらいのサイズにはしている。
これくらいならレイもちょっと大きいくらいでぶかぶかで不恰好とはならないだろう。
「おー、これはなんというか……すごいラインナップだな」
レイの顔に服がかかるのを気にすることなく一つずつ服を広げていく。
いくら人に見られないとは言っても、これをちゃんと着るのはなかなか勇気がいる。
レイも見てるわけだしな……。
「……よし、決めた。まとめて着ればいいんだよ」
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