60話 服を選んでるときは男だろうと女だろうと、テンションが上がる。

 気合を入れた俺は女性服売り場を通り過ぎて、試着室に訪れていた。

 べ、別にこの期に及んでビビったわけじゃないよ?


 とりあえず自分用に買う予定のパーカーのサイズ感とかフィット感とか? そういうのをいろいろと確かめたかっただけで、断じて逃げたわけではない。


 とはいってもパーカー一つ試着するのにそれほど時間はかからない。

 なぜかレイは試着室の中にまで着いてきたりもしたけど、それもさほど大した問題ではない。別に全裸になるわけじゃないしね。


 そしてパーカーの見事なフィット感を味わい、ますます運命を確かめたところでいよいよ覚悟を決める。


 諦めにも似た覚悟を持った俺は、スマホを耳にセットしたまま女性服売り場へと足を踏み入れた。


「どういうのがいいかねえ」


 あくまで電話の向こう側で話しているのが女性で、その女性のために買い物をしている風を装って、服を物色していく。


 実際にはただの独り言だということを分かった上で、こんなことをするのは何度やってもなぜか惨めな気持ちになる。

 まあレイと話しているようなもんだし、悲しくなんかないんだけどね!


「これとかどうだ?」


 俺は計画通り、ニットワンピースを手に取りレイの方に向ける。

 レイは首をかしげてそれをじっと見つめているが、俺としては早く着てみてほしいところではある。


 レイは試着室に入らずともその場で試着し放題だ。

 どういう原理なのかはわからないけど、服の魂を抜き取って服はそのままで自らにそれを着用することができるのだから。


 まあ服に魂なんてあるのか知らないけど。人間にすらあるのかどうか確かじゃないんだから、服にも魂くらいあるかもしれない。


 と、ここまでしょうもないことを考えていてもレイは俺が持っている服を手に取ろうとはしない。


 うーん、好みに合わなかったのだろうか。

 別に強要するつもりもないので、俺はニットワンピを元の箇所に戻す。


 レイのワンピース姿見てみたかった……。

 俺は多少なりとも想像してしまったレイのワンピース姿の妄想をかき消して、次の場所へと移る。


 秋物のTシャツコーナーだ。

 俺は適当なTシャツを手に取ると再びレイの方に見せる。


 レイは再び首をかしげるものの、今度は手をこちらに伸ばしてきた。

 お、これは興味を持ってくれたようだ。


 パーカー以外のレイの姿が見れるということにちょっとだけテンションが上がる。

 レイがTシャツに手を近づける。

 しかしレイの手はそのままTシャツをすり抜けて俺のお腹の方に近づいてくる。


 あれ?


 俺が首をかしげるのとレイが首をかしげるのはほぼ同時だった。

 まあレイの場合すでに首をかしげていたから、90度くらい曲がっているっていったほうが正しいのかもしれないけど。


「着れないよ?」


 そういいながらTシャツの間を何往復か手を動かすレイだったが、確かに前みたいに服の魂が抜けるような現象は起きそうにない。


 どういうことだ?


 前やってくれた時は特に大したことはしていなかったよな? 服の相性とかあるのだろうか。

 俺はTシャツを戻して今度は近くにあったスカートを手に取って、レイの方に向ける。


 しかしそれもやはりレイの手がスカートをすり抜けるだけで、レイの手に触れることはなかった。


 んー、何がいけないというのだろうか……。まだ購入してないからダメとか、そんな倫理観的な制御がかかっているのだろうか。


 俺がスカートを持ったまま首をひねっていると、突然レイはスカートを持っていない方の腕に手を近づけてきた。


 そこには俺が買おうとしていたパーカーがある。レイはそれに触れるくらい手を近づけると、はっと驚いたような表情をして一気に何かを引き抜くような動作を見せた。


次の瞬間、レイの手には『There are no ghosts』と記載されたパーカーが握られていて、それを頭にかぶると一瞬でレイの服装が変わる。

しかし俺の手には未だパーカーは残ったまま。


……いやいや幽霊が『幽霊は存在しません』のパーカー着ているとか、どういう一発ギャグだよ。俺を笑わせようとするのやめてもらっていいですか。


ここでツボにはまってしまえば、俺はユミクロで大爆笑している変人になってしまう。


というかどういうことだよ! どうしてレイは俺が買おうとしていたパーカーは着れたんだ?


どうにか冷静さを取り戻した俺は、目の前で楽しそうに今来たばかりのパーカーを伸ばしたりしながら、はしゃいでいるレイを見つめる。


気に入ったのか? それはいいんだけど、ほほほーいとかいいながらパーカー伸ばしてその場でくるくるするのはやめてもらっていいかな。

 俺今すごく笑いの沸点が低くなってるから、それ以上みてたら耐えられそうにないんだけど。


 まあそれはともかくこれはどういうことだろう。

 ……考えられることとすれば二つだろうか。


 一つはまあ別にそれならそれでいいんだけど、もしもう一つが原因だとすればすごく最悪だ。簡単に言えば俺は今日社会的に死んでしまうことになる。


 俺はそんな最悪な結末を否定するがために、はしゃいでいるレイを連れて女性服売り場を離れる。


 そして先程自分が見ていたパーカー売場まで戻ってきた。

 特に形等を気にすることなく一番近くにあったパーカーを手に取る。


「レイ、これに着替えられる?」


 一つ考えられる原因とはレイがパーカーしか着ることができないということ。


 考えてみれば俺の家にも当然パーカー以外の着る物はあったわけだけど、レイがパーカー以外を着ているところを見たことが無い。


 もしかしたらレイはパーカーしか着ることできない体に改造されてしまっているのかもしれない。

 ……別にデメリットは無いように感じるけど。


 そんなことを考えているうちにレイは俺が広げているパーカーへと手を伸ばす。

 ……結果は俺が期待していたものではなく、そのままレイの手はパーカーをすり抜けてしまった。


「……無理?」


「むり!」


 元気なお返事ありがとう。……となると、残された可能性というのは多分一つしかない。


 レイは俺が着たものしか服を着れないのだ。つまり俺のお古限定でレイはおしゃれをすることができる。

 つまりレイが女性ものの服を着るためには……。


 いや、まだあきらめてはいけない! 実際レイはパーカーには興味を示せど、あまり女性ものの服には興味なさそうだったじゃないか。


 そんなことを考えていると、突然レイが女性服売り場の方へと走り出した。

 彼女を見失って迷子にするわけにはいかないため、急いでレイの後を追う。


 そしてレイは俺が最初に足を踏み入れたニットワンピが置いてある場所で立ち止まると、びしっとそれを指さす。


「これもきたい!」


 そんなレイの行動は、俺の死亡確定演出を確信するには十分なものだった。


 レイが満面の笑みをこちらに向けながら指し示す方角に見えたもの。

 それは俺が最初にレイに見せたニットワンピそのものだった。


 …………えー、ほんとに?

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