51話 名案を思い付いたけど、結局変人認定試験に合格した。

 考えながらもおもむろにポケットからスマホを取り出す。

 暇つぶしに対するための最高峰の武器、スマートフォン。


 それを取り出すためには少しお尻を浮かせる必要があったが、特に俺の上に乗っているレイが振り落されるようなことはない。


 何がどういう原理で俺の膝の上に乗ってるのか知らないけど、俺が足を動かしたら彼女の足が俺の太ももにめり込むだけだからな。

 その時に少しだけ、レイは居心地が悪そうにしているから足を組んだりとかはできないけど。


 ん? スマホ? 

 ……少しマナー違反的な行動になってしまうが、背に腹は代えられん。

 命よりも大事なマナーなどこの世にあるはずがない。少なくとも俺は知らない。


 ある方法を思いついた俺は取り出したスマホの画面をつけずに、そのままスマホを自分の片耳に近づける。


「あー、もしもし?」


 電車の中で電話をするというのはマナー違反で避けるべき行為なのかもしれないが、これはあくまでも周りへのパフォーマンスへあって、実際には俺の上に座るレイに話しかけているだけだ。


「…………」


 名案だと思って意気揚々と話しかけたというのに、さっきまで唸り声をあげていた当の通話相手は、俺の突然の奇行を見てこてんと首をかしげている。


 あなたが返事してくれないと俺ほんとに変質者になっちゃうからね!? 

 電話なんて来てないのにさも電話が来て通話をしているように、見せかけている悲しい人になっちゃうから、返事くらいしてほしいな!


「レイ、どうしてここにいるんだ?」


 俺は周りに俺が発している言葉がなるべく聞こえないように小声で、レイに話しかける。


 電話での会話でここに居るんだとか聞いている奴とかやばいやつだろ。なんか見えちゃいけないものでも見えてるのかとか思われそうじゃん。

 いや見えてるから否定できないんですけど。


「ついてきた」


 レイからは非常に簡素な返事が返ってくる。

 いやついてきたのはわかるんだけどさ……。


 むしろ自由気ままに電車の旅を楽しんでるとか言われる方がびっくりだよ。

 むしろなんで俺を誘ってくれないんだよって寂しくなるよ。


「どこ行くかわかってるの?」


 俺の問いかけに対して、首をふるふると横に振るレイ。

 ちなみにその手はいまだに俺の頬のところにあげられたままだ。


「楽しい」


 それは俺の頬をつんつんしていることが? それとも電車に乗っていることが?


 ともかくいつの間にか機嫌を戻している様子のレイの口元は緩んでいて、微笑んでいるようにも見える。

 そんなレイの様子が可愛くて俺の顔もつい緩んでしまう。


「それはよかったな」 


 そろそろ電話作戦も限界だろうか。

 小声とはいえ、にやつきながらスマホを耳に当てている俺に向けられる視線は冷ややかなものだ。

 冷気がなくなって命の危険が去った代わりに、何か精神的な疲労を感じる。


「どこいくの?」

「アウトレットモール」


 俺がスマホを耳から話した瞬間に、そんな的確な質問をかましてくるレイ。

 きっと純粋な疑問なのだろうけど、どうしてタイミングが今なんだろうか。


 思わず普通に答えてしまった。


 しかもきっとレイは俺が言った言葉の意味を理解できていないから、また首をかしげていた。

 つまり俺は特に意味もなく、突然目的地を独り言で呟いたやばい奴だ。


 同じ車両でちょっと離れて座っていた人たちや、立っていた人たちは明らかに俺を避けるようにさらに距離を取っていくし、さすがに赤の他人とはいえちょっと悲しいんですけど。


 まあいいさ。俺の近くにはレイがいるしな。

 近くというよりもう接触しまくっているわけだしな。


 レイが突如ついてきてくれたことによって、一人での買い物になるはずの休日が、思いがけず楽しいものに変わった。


 しかしそれと同時に一つ不安なことができた。


 アウトレットモールは当然ながらスーパーマーケットも完備している。

 それにとどまらずフードコートもさぞかし充実しているだろう。


 はたして、レイはコンビニよりも広いエリアで展開されているスイーツエリア、アイスエリアを見て、我慢できるだろうか。


 フードコートのあの匂い達を我慢できるだろうか。


 もし立ち寄った場合のシュミレーションをしてみるか。


 まずスーパーエリアに行き、自然とスイーツエリア、アイスエリアを回る。

 ……うん、商品いっぱい入ったレジ袋が、4袋くらい増えたな。


 そしてそれを抱えて休憩がてらフードコートへと向かう。

 ……あれ、おかしいな。気づいたら服を買うための金がレイの体の中に消えてる気がする。


 そしてフードコートでは空中に食べ物が浮き、突如どこかに消える現象が多発して大騒ぎというおまけつき……。


 …………よし、俺はそこを今から危険地帯、デンジャーゾーンに設定する。

 俺は絶対危険地帯には近づかないと心に誓った。


 そんな俺の絶望的な脳内シュミレーションを知る由もないレイは、のんきに俺の肩に顎を乗せて鼻歌を歌いながら外の景色を眺めていた。


 ほんと今日距離近すぎない? ほとんど抱き合ってるんだけど。

 透けてますけどね!!

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