52話 引きこもりヒモニートにとって、駅のホームは地獄と同義……?

「レイー、ここで降りるぞー」


 周りに聞こえないようなボリュームでレイに話しかけてから、席を立つ。


 結局目的の駅に着くまで、レイは俺にくっついたままで窓の外の風景を見ていた。

 なんなら最後の方は俺に覆いかぶさっているまであった。


 レイの身体をすり抜けるようにして席を立った俺のことを、彼女は一瞬俺の方を睨みつけるように見つめてきたが、そのあとすぐに俺から離れまいとしているのか俺の後ろにとてとてとついてきた。


 いや俺だってできるならレイの身体はすり抜けたくないんだよ。

 体が貫通するときのぞわぞわ感は慣れるはずもないし、何より本来の人であればありえない光景を本能的に頭が受け付けなくて、いやでも嫌悪感を覚えてしまう。


 実際すり抜けるってわかってても、女性の腹のど真ん中に顔を突っ込むのはなかなかに勇気がいるんだからね?

 俺のそこらへんの一瞬の葛藤をわかってほしい。


 レイも体を貫通されると気持ち悪いとか思うんだろうか? それにしては俺にくっついてばっかりだけど。


 もしかして痛いとか苦しいとかあるのかな? もしそうならこの駅のホームで土下座するくらいの覚悟はあるけど。


 そんなことを考えているとふと、体が重くなるような感覚に襲われる。

 体というより下半身? え、俺は別に醜態を世間にさらして興奮するような変態ではないんですけども。


 自分自身でも気づかなかったそんな性癖があるのかと、若干冷や汗をかきながら足元に手を向けると、俺の腹を締め付けるように細い腕が巻き付いていた。


 その腕のもとを辿って行けば、がたがたと震えているレイがいた。

 顔はもともと真っ白だから真っ青になっているかどうかはわからんけど、明らかにおびえている。


 にしても、自重以外の重さを感じているってどういうこと?

  これまでも何回かこうやってしがみつかれることはあったが、重さを感じることはなかったはずだ。


 普通に歩いてホームから離れるのは難しそうだ。

 電車はとっくの昔に駅を発車していて、いつまでもその場から動こうとしない俺は少しだけ、周りから視線を集めてしまっている。


「おい、おいレイ。どうしたんだ?」


「むり」


「なにが!?」


 これ以上変人にならないように、できる限り声を抑えてレイに話しかけてみるが、レイからの返答は全く意味が分からないものだった。


 無理ってどういうこと? 

 というか明らかに怯えている様子なのに、冷気を全く感じない。


 こんなに感情が荒れている状態であれば、間違いなく俺が震えるくらいには寒くなっているはずなのに。

 レイは俺のことなどお構いなしといった具合に、震えながら周りをきょろきょろしている。 


 苦しいとかは一切ないんだけど、心なしか俺を締め付ける腕の力が強くなっている気がする。

 いや、心なしどころか明らかに強くなっている。


 だってレイの腕が俺の腹にめり込んでるから。もはや俺にしがみついているとかそういう次元じゃないから、貫いちゃってるからね?

 さっき頭貫通したのそんなにいやだったの? 何だったら今からでも謝るけど?


 待てよ……? 

 今のレイの様子を見て、一つの可能性に思い至る。


 レイは何かに対して怯えている。彼女の視線を辿ればそれは周りのせわしなく歩く人や、友達と談笑をしながら歩いている人たちに向けられている。


 何を隠そうレイはひきこもりだ。それどころか働くことなんて経験したこともないけど、スイーツだけはしっかりと食べているヒモニートだ。

 ……いや、べつにけなしているわけではない。俺はただ事実を述べただけ。


 まあそんな彼女は俺以外の人と接したことが無い。俺以外の人間をほとんど見たことが無い。

 せいぜいコンビニ店員くらいか。まともに見たことがあるのは。


 そんな人と接することを知らないレイがいきなりこんな休みの日の駅のホームに降り立てば、どうなるか。

 周りには知らない人がいっぱいだ。それで怯えてしまっているのだろう。


 そもそも電車に乗っていた時から人はいたわけだけど、その時は風景に夢中だったからそこまで気にならなかったとか……?

 そこまで考えて俺はもう一つの事実へとたどり着く。

 レイがこれほどに動揺しているのに、冷気が出ていない理由。

 レイから冷気が放出されれば、間違いなく注目を浴びる。レイではなく、俺が。


 しかしレイは俺の真後ろに立っているわけだから、レイからすれば自分に視線が向けられる、注目を浴びることと同義になっているんだろうか。


 一心同体的な? いや胴体は腕貫通しているけどレイの心まではわからん。

 ともかく本能的にそれを拒否したレイは新技を編み出した。


 冷気を放出する代わりに感情の荒波を重さに変換するということで、俺にしか被害が来ないようにした。……とか?


 いやそんなことができるのであれば、そもそも冷気を抑えればいいんじゃないのと思うけれど、そこはレイさんクオリティだ。


 無意識ではこれが限界だったのだろう。

 結果としていつまでも動かない俺が若干注目を浴びてしまっているわけだけど。


 いや、我ながら名推理だと思う。思考が進む進む。まあ俺の頭が冴えているのはレイのことを考えているときだけなんですけど。


 それも何考えてるかわからん時は、まったくもってわからんけど。

 今日は調子がいい。


「そういうこと?」


「? むり。さとる、ごー」


 俺は馬か何かか。


 答え合わせをしたくなった俺はレイに尋ねたわけだが、レイが俺の思考など分かるはずもなく、腹から手を突き出して前方を指さしながら俺の背中に向かってぶつけるようにぶんぶんと頭を振っていた。


 ……えー、俺これ引きずらなきゃダメ?

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