42話 ホラーは苦手です。だから……

 俺の家には庭がある。


 いや、二部屋ある上にリビングまであって庭付きで、それなのに家賃が安いってどんだけ盛ってんだよと思うかもしれないが、事実そうなのである。


 まあ庭があっても一人暮らしで家庭栽培をするわけでも、花を育てるなんて感性も持ち合わせていない俺が、それを使うことはなかったのだが。


 そんな使っていなくても除草剤だけはしっかりと撒いていて、整備されている庭に今俺は明るさ確保のためのライトと、その隣の水をたっぷり入れたバケツの前で仁王立ちしている。


 蚊が寄ってきそうなので、ずっとじゃなくてたまにステップダンスしているけど。


 今こうして俺が庭に立っているのにはもちろん理由がある。

 そう、花火をするためだ。


 しかし肝心のレイが出てこない。

 自分の部屋に入ったきり、出てくる様子がないのだ。


 一人で花火してもむなしくなるだけだからね? 

 いやはた目からは一人で花火をしている残念な人に映るかもしれないけど、レイがいないと主観的にもそんな感じになっちゃうからね?


 このまま出てこないとなると花火のテンションとかなくなって、来年までこの花火セットお蔵入りの可能性あるよ?

 それは運命を感じたこの花火セットに申し訳ない。


「レイー、ちょっと来てくれ」


 俺はリビングの窓を開けて、レイを呼ぶ。


 するとトタトタという足音とともにレイの姿が見えた。

 しかしすぐにその姿が消える。かと思ったら隣の俺の部屋の窓から音もなく現れた。


 えーなんで開いてるこっちからじゃなくて、わざわざ隣から来たの?

 そんなに俺の隣を通るの嫌ですかね。

 いやそんなこと考えると悲しくなるからやめよう。

 きっと俺を驚かせようとしただけなんだろ。いまさらこんなことでは驚かないけど。


「確認してた」

「なにを?」

「部屋で変なことしてないか」


 レイが俺のことをじっと見つめながらそんなことを言い出す。


 いや、さすがにそんなことしないからね!? 

 今までレイがいつも着ているパーカーって俺のお古だけど、タンスから引っ張り出せばレイの匂いとかするかなとか思ったりはしたけど、実際にはそんなことしてないからね!?


 ていうかそもそもそんな心境じゃなかったし、それどころじゃなかったし。


 俺が無言でレイに背を向けて花火の準備を始めると、背後からすごい寒気を感じた。

 おー、これが無言の圧ってやつか。多分違うと思うけど。



 花火に火をつけてからは、割と順調に事は進んだ。


 最初に俺が手に取った噴出型の花火に火をつけると、始めは驚いて家の中に飛び込んでしまったレイだが、俺の必死な説得と無駄に体を動かして楽しさをアピールしたことで、庭に戻ってきてくれた。


 いやまさか手持ち花火両手に持って阿波踊りをする日が来るなんて、考えてもみなかったよ……。


 それでレイに花火を持たせると、それからは楽しそうにレイも俺の見よう見まねで花火をもって踊るようになった。


 ……俺はレイに花火というものを間違って教えてしまったのかもしれない。

 まあこれはこれで可愛いのでありである。俺のテンショングッジョブである。



 そして噴出型やらねずみ花火を楽しんで、今二人して膝を抱えながら線香花火をしている。


 いろいろと手持ち花火がある中で、俺は線香花火が一番好きだ。

 いつまで火種が落ちないか選手権もできるし、何より線香花火が出す火花がきれいだ。


 楽しめる上に美しさを堪能できる一石二鳥な花火である。

 持った花火によっても勢いとか散り方とか全然違うしな。


 そんなことを考えながら線香花火をじっと見ていたが、ふとレイの方に目を向ける。

 目を向けたタイミングでちょうどレイが持つ花火の火種が落ちてしまい、レイは残念そうな顔で地面をじっと見つめている。


「ほい、次」


 まだ数はあるから大丈夫。

 俺は自分の火種を落とさないようにレイから消えてしまった線香花火を受け取ると、それをバケツに捨て、新しい花火を渡して火をつけてあげる。


 最初まだ火花が激しくない時は物憂げな表情を浮かべていたレイだが、だんだんと火花が激しくなるにつれてその表情は明るく時折笑顔すら見えた。


 よかった。ちゃんと花火を楽しんでくれてるみたいだな。

 こんなに楽しいこともあるってことを知らずに苦手になるのは、なんかもったいないもんな。

 これで嫌そうにしてたら仕方なかったけど、そうじゃなさそうでよかった。


 俺も二本目の線香花火に火をつけながら、今回のことを振り返る。

 俺の自己中でレイと喧嘩して、レイが家出して。

 三日会ってないだけだったのに、俺焦りすぎだよな……。


 気づいたらいつの間にかレイがこの家にいることに、俺の隣……上?にいることが当たり前になっていた。


 レイが部屋の隅で体育座りしていて、机の上に座ってデザートを食べて、俺の背中に寝転がって一緒に動画を見て。

 そんな生活が日常になっていた。


 今考えてもレイは不思議な子だ。


 幽霊のくせに怖がりでちょっとしたことでびっくりして、それで人見知りで。

 何も知らなくて、でも教えたら上達は早くて、俺が考えている以上のことをしてきて驚かせてきて。


 俺のご褒美スイーツもアイスも勝手に食べるし、勝手に自室に来て我が物顔で動画を見るし。

 怒っても悔しくてもうれしくても顔にすぐ出るし、ごまかしても冷気ですグわかる変なやつ。


 でもどこかほっとけなくて、つい色々教えたくなって、笑った顔も怒った顔も可愛くて、なんでか守りたくなって。


 いつの間にかリビングの机の上に座っていることが普通で、帰ったら壁からひょこっと顔出して「おかえり」って言ってくれるのが当たり前で、それがなくなるとどこか不安で悲しかった。


 俺は物思いにふけりながら、たった今落ちた線香花火を捨てるためにバケツを覗き込む。


 ライトに反射された水面にゆらゆらと映る自分の顔は、何ともだらしなく頬を緩めていた。


 ……ああ、何だ俺。ちゃんと笑ってんじゃん。


――好きって頑張ってなるもんじゃないと思うよ――


 ……なるほどなあ。


 あの時彼女が言った言葉の意味が分からなかったし、いつの間にかわかったふりをしていて、その言葉を遠ざけていたけど、今ようやく本当に理解できた気がする。


「俺、レイのこと結構好きみたい」

「? 私もすき」


 レイは線香花火を手にしてきょとんとした顔できょとんと首をかしげながら、答える。


 あー……これはたぶん伝わってないやつ。

 まあ伝えようとか思っていったわけじゃないんだけど。

 ぽろっと出ちゃっただけなんですけど。


「花火もいいもんだろ?」

「楽しい」 


 でも今はこれでいい。

 別にこれまでも劇的な何かがあったわけじゃない。


 いや幽霊が家にいて、それと会話をして、デザートの取り合いをして、今こうして花火をしているっていうのは劇的におかしいかもしれないけど、それすらも今の俺にとっては普通だ。

 当たり前になっているのだ。


 漫画みたいに通学路でぶつかって運命的な出会いをしたわけじゃない。

 というかレイとそういうパターンになった場合、俺がすり抜けてそもそも何も始まらないわけだけど。


 ただレイは俺の家にいただけで、俺はそこに住んでいただけ。 

 それでいつの間にか打ち解けて、仲良くなって、同居人になって、家族みたいになって、そんで俺が好きになっただけ。


 この好きって感情が父性なのか、同居人としてなのか、友達としてなのか、はたまた女性としてなのかそんなのは俺にはまだわからない。


 でも彼女はここにいてくれてるんだ。俺がいる家に住み着いてくれたんだ。

 俺は幽霊や妖怪の類は信じないし、出会ったこともなかった。


 ホラーは苦手で避けてきたし、それは今だって変わらない。

 心霊番組を好き好んでみる人の気持ちはわからないし、心霊スポットに行く人は何を考えているんだろうと思う。


 でも俺はそんなホラーが苦手だからこそ、



 この幽霊レイと全力でラブコメしてみようと思う。

 


 なんかコメディー入っちゃってる前提が俺らしいというか残念というか……。

 でも恋愛というには仰々しくてなんか似合わなくて、ラブコメの方がしっくりくるよな、俺とレイって。


 あ、そういえばまだレイに言い忘れてることがあるよな。

 俺はまた地面を見つめて落ちた火種を探しているレイに顔を向ける。


「えっと、なんだ……今回は俺が悪かった。すまん」

「許す」


 そんなどこかの会社の上司みたいな返しながら顔をあげたレイは見たことないくらい満面の笑みを浮かべていて、花火の明かりに反射してどこまでもキラキラと輝いていた。

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