43話 黒歴史じゃなくてもっといい名前に変えれば、思い出しても恥ずかしくならないと思う。……多分
いつもの会社の帰り道。
今まさに自宅の玄関前。俺は家の中に入るのをためらっていた。
だって、だって……いったいどんな顔してレイに会えばいいのかわからないんですもん!!
「ふおおおおお……」
頭を抱えて思わずよくわからないうめき声が口から漏れ出してしまう。
もちろん近所迷惑にならないよう声のボリュームは落としているけども。
それくらいの理性は保てているけども!
理性があるからこそ昨日の夜の出来事が鮮明に思い返されるたびに、死にたくなるくらい恥ずかしい感情に襲われる。
だって俺告白したんだよ! 幽霊に! しかも毎日会う、家に住み着いている子に!
そんな翌日にどんな顔して会って、どんなこと話せばいいかなんてわかるはずもないじゃん!
昨日はまだよかったよ。花火をしたテンションと、なんかそのほかの深夜テンション的なよくわからないテンションのおかげで、花火楽しかったねー。そうねー。うふふー。みたいな感じで乗り切れたよ。
レイがそうねーとか言うはずがないんだけど、今のは全部俺の妄想なんですけど。
でもそれくらいきれいにまとまっていたんだよ!
朝起きたら冷静になってるから話は別。
まあ朝はレイと遭遇しないから、自分が恥ずかしいだけで家から逃げるように飛び出すだけで、彼女との会話を避けることができる。
でも今は違う。
もう一歩足を踏み出して、扉を開ければきっと彼女はいつものように玄関先の廊下の隅から顔をのぞかせて待っていてくれているはずだ。
そうなるとレイから逃げることはできない。
いや別に逃げたいわけでもないし、何なら早く帰って顔を見て癒されたいまであるんだけども!
心と体は一緒じゃないの!
……頭の中で昨日のことを反芻するうちに逆に冷静になってきた。
もう覚悟を決めるしかない。
「黒歴史確定演出じゃねえか……」
意を決して扉を開けて家の中に一歩足を踏み入れる。
「おかえり」
やっぱりレイはいつも通り、いつもの場所で俺の帰りを確認するなりその言葉をかけてくれる。
「お、おう……」
そういえば今冷静になって考えてみると、俺ちゃんとレイにただいまって言ったことないんじゃないか?
いくら慣れたといっても素直に返事をするのがなんか照れくさくて、曖昧な言葉を返して逃げていたような気がする。
恥ずかしいついでだ。俺の意識も変えないとな……。
「……ただいま」
靴を脱いで、レイとすれ違いざまに出たその言葉は、聞き取れているのかどうかわからないほど、小さな声だった。
俺の意気地なし! もっと堂々と返せよ!
このままだとレイにこの家の実権握られちゃうよ。意志の弱さに負けて。
家に帰るたびにレイにスイーツを強要されて、お帰りといってもらう日々……あれ、そんなに悪いことでもないのか?
ていうか、今とやっていることあんまり変わらない?すでにこの家の家主は俺ではなく、レイにすり替わっていた?
俺の心情など知る由もなく、後ろをついてくるレイの方にちらっと顔を向けると、いつもよりその表情は明るく微笑んでいるように見えた。
やっぱりレイは何も気にしてないよな……。
レイはリビングに入るなり、冷蔵庫を開けてショートケーキを取り出す。
そしていつものように、机の上に体育座りして容器を開封しはじめた。
俺もワクワクしている表情を浮かべるレイの邪魔にならないように、特に話しかけることもせずに、カップ麺を取り出す。
レイって食べてるときも幸せそうだけど、この開封をしているときが一番楽しそうなんだよな。
冷気もこの時が一番激しい気がするし。
お湯を沸かしながらレイを横目で見ると、彼女はすでにショートケーキをちまちまと食べ始めていた。
その顔は机の上に落ちるのではないかと思うほど、とろけていてとても幸せそう。
彼女は昨日のことを全く気に留めている様子がない。
それもそうだよな。
レイにとっては仲直りして、花火っていう新しい遊びを楽しんだってだけだもんな。
俺にとっては結構一大事な転機の夜であって、それが今日になって黒歴史になって、今でもレイの顔をまともに見れなくて、なんか勝手に気まずい思いをしてるるっていうのに……。
いや待てよ? 彼女が特に気にしていないんだし、俺が恥ずかしがるようなことでもないのだろうか?
それに黒歴史っていうと心理的に悪いことのように思えて、ネガティブにとらえてしまう。
別に悪いことではない。むしろいいことであり、思い出すたびに恥ずかしい思いをするのは、なんか違うのではないのだろうか……。
これまでの黒歴史と呼んでいる思い出だってそうだ。
高校時代のあれも、大学時代のあれも、社会人になってからのあれやこれもすべて別に悪いことではない。すべて今の俺を作り上げている大事な思い出たちだ。
それならもっといい名前を付けるべきだろう。
例えばそう……青春の一ページとか!
昨日のあれは俺の人生における青春の一ページだったんだよ。
別に青春は学生の特権ではない。社会人が青春して何が悪い。
今のところ独りよがりな青春になっているけど、今後レイにも青春きたーと思えるような思い出を作ればいい。
彼女はこの家に住み着いているのだから。
時間はいくらでもある。
今後黒歴……青春の一ページが増えれば増えるほど、俺たちは青春しているのだ。
そういうことにした方が、なんかこう心がすっとする。
恥ずかしがる必要はない! これは俺という存在を構成する中で大事な思い出なのだ。
もうレイを見ても顔が熱くなるようなことも、気まずいと感じることもない。
それどころか彼女のいつも通りの様子を見て、心がすっと落ち着いたような安心感さえ覚える。
「アイスもあるけど食べるか?」
「食べる」
ようやく心に平静を取り戻した俺は、今日も今日とてレイを甘やかすのだった。
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