40話 不安になる理由はきっともう気づいてる。

 次の日の朝はもちろんのこと、夜仕事から帰ってきても血文字はまだ消えていなかった。

 それどころか気配すらもあれから感じられていない。


 まあ仕事自体はずっとパフォーマンスを落としているわけにもいかないので、集中力がさすがに戻ってきたのだが、家に帰ると少し寂しくなるこの感じは何だろうか。


「あいついつまで出てこないつもりなんだ……」


 冷蔵庫に入れていたプリンを食べながら考える。


 レイがいなくなったとしてもそれは彼女が出てくる前の状態に戻るだけであって、あいつはもともと幽霊だし、一人暮らしであることは何ら変わりない。


 そう考えれば別に探さなくたって、このまま普通に過ごしていればまたひょっこり顔を出すようになるかもしれないからいいのかもしれない。


「……いいわけ、ないんだよなあ」


 いくら言い訳を探してももうレイと過ごす日常が当たり前になってしまっている。

 周りから変人扱いされようが、どんなことを言われようが幽霊である彼女と過ごすことが普通になってしまっているのだ。


「ああ、くそ!」


 俺はプリンを一気に口の中に放り込むと、立ち上がった。


 家の中のすべての扉を開け放つ。

 しかしどの部屋にもやはりレイが隠れている様子はなく、その姿が現れるはずもなかった。


 そもそも気配がないんだからそのくらいわかりきっていることだ。

 もう彼女を探すと決めた俺はこれくらいであきらめることはない。


 でも焦りはする。

 本当にいなくなったりしてないよね?


 あんな血文字がラストメッセージだったりするわけないよな? 

 暴言を言うだけ言って逃げるなんて許されないでしょ。

 俺にも一言くらい言わせてくれ。


 考えても仕方がない。家にいないのであれば、外を探すしかない。

 幽霊なのだからもしかしたら本当はいつもレイがいる部屋にいて、ただ姿が見えないだけなのかもしれない。


 ただ直感的に俺はそうではないと、この家にレイはいないと感じている。

 まあただの直感だから何のあてにもならないんだけど。


 俺は勢いのまま外に飛び出す。

 でも行く当てはない。どこを探せばいいのかまったく見当もつかない。


 とりあえず、この間レイが寝転がっていた場所に行ってみるか?

 とりあえずこの間の場所を目指そうと、大通りへと向かう。


 そして大通りに出た瞬間その姿を見つけた。

 いつかのあの日と同じように、縁石の上で寝転がって微動だにしない彼女。


 あの日と違うのは今日はうつぶせになって寝転がっていることだろうか。

 うつぶせでその顔が見えないとしてもそれがだれかなんて俺にはすぐわかる。


 というよりレイ以外に縁石で寝転がって落ち着いている人なんて、どこ探してもい

ないと思う。


 うつぶせかあおむけなのかは気分で決めているのだろうか。

 そのままずっと見ていればやっぱりどこか存在感が薄く、はかなげに映っていて、気づけばあの時と同じようにまた俺は彼女の隣に立っていた。


「何やってんだ。帰ろうぜ」


 謝るとか怒るとかそういったことはすべて頭から抜け落ちていた。

 今彼女に言いたいことをそのままいった。


 レイは顔だけこちらに向けると、一瞬驚いたような顔をのぞかせたがすぐに立ち上がって、俺の後ろにつく。


 これは素直に帰ってきてくれるってことだろうか?

 途中でまたどっかに寝転がって動かなくなったりしないだろうか?


 そんなことを考えつつ、ゆっくりと歩き始めると後ろからレイがついてくる気配があった。



 家までは遠くなかったのだが、なんかこのまま帰る気にもならなくて俺は家から遠ざかるように歩いていた。


 そして今レイはというと、俺の少し前を歩いている。

 どうやら俺の方が歩くのが遅くて、いつの間にかレイが追い越してしまっていたようである。


 なんか家に帰るのが気まずくて歩いていたわけだけど、レイは大丈夫かなーとか思ってたら、いつの間にか形勢逆転されている。


 むしろ今はレイが歩きたいところを俺がついていっているくらいだ。

 なんかあんな血文字を残すくらいだから相当怒ってるのかなーとか考えてたのに、やけに上機嫌に見える。


 よく一人で外に出ているレイだが、こんなに歩いたことはなかったのか興味深そうに周りをきょろきょろと見まわしながら歩いている。


 スキップでも始めそうな勢いだ。

 ……本当に怒ってたの?


 そんなことを考えていると、突然車のクラクションがその場に鳴り響く。

 どうやら信号待ちしていた車がなかなか発進しなかったため、その後ろの車がしびれを切らしたようだ。


 しかし俺は車の様子どころではなかった。


 さっきまで上機嫌だったレイがクラクションが聞こえると同時に、とんでもないスピードで俺の後ろに回り込んで、俺の背中を掴んできたのだ。


 いやこれはもう感覚的につかんでいるというより抱きつかれている。

 きっと今レイの全身が俺の背中に当たっているというのに感触を一切感じられない。

 やっぱりなんかもったいない気になるな!


 でも今はそんなことを言っている場合ではない。

 なんでレイは突然怖がってしまったのか。


 まあクラクションの音にびっくりしたのには違いないが、それにしても反応しすぎな気が……。

 そういえばこの間喧嘩した日も花火の音が結構大きく響いていたような……。


「もしかして大きい音、怖いのか?」


 俺はまさかと思いながらレイの顔が見えるように顔を後ろに向けながら話しかける。


「……いま?」


 レイはあきれたようにジト目をこちらに向けるように顔を見上げ、俺のことを見つめてくる。


 うん、上目遣いからのジト目、これもなかなか……じゃなくて!


 いや確かにレイの言う通り、気づくならあの花火が上がっていた日、もしくはその次の日くらいには気づけよと思うくらいいまさらではあるのだが、俺は冷静ではなかった。


 今だってクラクションの音がなかったら気づいていなかったに違いない。

 いつもだったら気づいていた気がするけど、本当に焦ってたんだな……。

 それに幽霊がでかい音が苦手なんて考えたりしないでしょ、普通。


 にしてもクラクションはともかくとして、それで花火が苦手になるのは少し残念な気がする。


 花火の日俺はふてくされて全く見なかったわけだが、別に花火が嫌いなわけではない。

 むしろ結構好きな方だ。きれいだし楽しいし、見てもやってもテンションが上がるものだ。


 それをレイが知らないまま音だけで苦手になるのはちょっともったいない気がする。


 ……よし決めた。


「レイ、ちょっとコンビニによってもいいか」

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