2. 夢と現実

 目が覚めたら夢だったなんてよくあることで、ベッドの上の私は深いため息をついた。

 なんて夢。なんて悪趣味な目覚め。今夜実際に新歓が行われるというのに、そんな日に見る夢じゃない。

 どうして私の夢はいつも、これほど鮮明なのだろう。普通、起きたら夢の内容はぼんやりしていて、数十分後にはほとんど思い出せないくらいまで忘れるものじゃないのか。最高な夢を見たときならともかく、こんな最悪な夢を見た日には謎の記憶力を恨むしかない。

 うずくまり、私はもう一度ため息をついた。というか、唸った。

「新歓、行きたくない」


 しかし行かないわけにもいかず、結局私はこうして居酒屋の席に座っている。正夢なんじゃないかと心配していたが、さすがに私の夢もそこまでの力は持っていないらしい。居酒屋の内装も幹事も隣に座っている人も全然違う。ほっと一息安心した。

 だがやはり自己紹介なるものは行われて、私の番も回ってきた。

「天野光です。趣味は読書とか、眠ることです。よろしくお願いします」

 当たり障りのない自己紹介。まばらな拍手。きっと、数分後には忘れ去られる内容。

 現実の私は、夢の中の私のようなことはしない。それほど愚かではないし、それほど勇敢でもない。もっと輪郭がぼんやりとして曖昧な天野光。

「ねえ、君、睡眠が趣味なの?」

 ふと、隣から声がかかった。こちらも夢に出てきた男とは違い、純真そうな顔つきをしている。やわらかい目尻が印象的。髪が肩あたりまである、人当たりの良さそうな、女性。いや、私はそのあたりの取り決めはどちらでもいいのだが。

「睡眠いいよねえ。私も好きだよ。一日十時間は寝ないと生きていけない」

 まさかそこから話題が発展されるとは思ってもいなかったので、私は少し返事が遅れる。

「十時間も眠るの?」

「そうだよ。ロングスリーパーってやつなんだって。いっぱい寝ないとやってらんないの」

 ふふ、と烏龍茶を一口飲んで、彼女はスマホを取り出した。

「ねえ、連絡先交換してよ。今度遊ぼ」

 普段なら躊躇うところだけど、なぜだかそのときの私はいいよと返事をして、プロフィール欄に表示された彼女の名前を読み上げた。

「町屋、朱音あかね

「そう。朱音って呼んで。天野光ちゃん?」

 多分、この朗らかな笑顔に当てられたのだと思う。このときの私は満更でもなくて、思わず、うん、と笑い返してしまったのだ。

 そして数日後、彼女から送られてきたメッセージを読み、そのときの判断が間違っていたのだとようやく気づく。

『光ちゃん、女の子と付き合ってたって本当?』

 足元から崩れ落ちる気分っていうのは、きっとこういうときに使う言葉だ。ほとんどトーク履歴のない画面に表示された一文。彼女がどういう意図でこれを送ってきたのか、想像できるほど私たちはまだ親しくない。

 結局、あの夢は正夢みたいなものだったんじゃないか。

『ねえ、光ちゃんとちょっと話したいな』

 追って送られるメッセージ。こういうとき、夢の中の私なら堂々と断っているに違いない。ただ、その部分だけはやはりどうしても正夢にはなってくれないようで、気づけば私の指は『わかった』と返事を打っていた。

 町屋さんからの返信はすぐにやってきて、週末に夕飯を共にすることが決定した。

 私はあの日連絡先を渡した自分を恨み、週末が永遠に来なければいいのにと強く願った。

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