止まらない暴走
「さてと。悪いなお前まで付き合わせて」
「別にいいよ。役持ちはお前だけじゃないんだし」
翌日の昼、例の如く生徒会室から机を引っ張り出してきた檜原と青木は、書類を机の上に並べて椅子に腰掛けた。
「……なあ青木、お前ちょっと調子悪くないか?」
檜原がそう問いかける。
動きが緩慢で、顔色も少し悪い。そして時折心ここにあらずといった様子で目の焦点がずれる。
彼の目には、青木が本調子であるようにはまったく見えなかった。
「調子か……まぁそうかもな。なぁに不摂生なもんでね。体調不良には慣れてるさ」
委員長はふっと笑って答えたが、やはり闊達さを欠いているように檜原には思えた。
「選挙の受付ここだよね」
受付開始から程なく、男子が一人机の前に現れた。
中肉中背で容姿も特筆すべき事が見当たらない、それこそどこにでもいそうな男子高校生。
「ああ、やっとまともな候補者が来たわ」
それを見て、檜原は安堵の表情を浮かべる。
「お前今年も会計か?」
「うん。書類貰ってくね」
彼の名は近藤弘樹。生徒会役員会の現職の会計である。
「会長やる気は……って思ったけど会計か……そっか会計は経験者がいいかもなぁ」
「それがいいと私も思うよ。忙しいんだろ、会計」
檜原の呟きに、青木も同意する。
会長一名、副会長、書記、会計各二名から成る生徒会の役員会だが、その中でも一の激務と言われているのが会計である。
各部活から数多く寄せられる予算の申請を審査、記録、計算し、場合によっては申請元との折衝まで行う。
新会計が二人とも素人というのはあまりにも不安が大きい。
そんなこんなで、青木と檜原に送り出された近藤だが、彼と入れ替わりで、受付に現れた者達がいた。
「あいつら……」
見る間に青木の表情が曇っていく。眉間にシワが寄り、眼光は鋭くなり、奥歯がギチギチと音を立てる。
檜原は彼の不調の理由に大体察しがついた。
「おっ、委員長いんじゃーん」
現れたのは渡辺、江本、そして彼ら同様野球部の問題児として知られる
「てめえら揃って何しに来やがった! 連れがいねえと怖くて受付にも来れねえのか!」
立ち上がり、先日同様喧嘩腰に応対する青木。
「まあまあ落ち着けよ。さっきもムキになってたろ」
「はい、これ届出書」
江本が嘲笑混じりの口調で青木を宥める脇から、渡辺が立候補の届出書を差し出した。
「推薦者は小野寺か。ほら、じゃあこれに年組と役職と名前書け」
必要事項にきちんと記入がなされていることを舌打ちしながら確認した青木は届出書を檜原に回し、自分は受付名簿を突き出した。
「おっ、書いちゃう? えー、そこはネタに走れよ」
「そうだぞつまらねーぞ」
普通に名前を書いた渡辺を江本と小野寺がはやし立てる中、青木は監査委員の確認欄に、紙に穴を開けんばかりの筆圧でチェックを入れた。
一方の檜原も、届出書の方の確認欄にチェックを入れる。
「それじゃ俺貰ってくわ」
「あ、俺も貰ってくね」
ふと目を上げると、江本と小野寺の二人が、目の前に積んでおいた茶封筒を一つずつ持って行った。
「あ、おい」
檜原が止める間もなく二人は渡辺を伴って教室の方へ駆け足で去って行った。
「なあ青木、もしかしてあいつらに教室でなんかされたのか?」
檜原は溜息をつくと、隣にいる青木にそう問いかけた。
「ん? ああ、まあな。まあでもいつもの事さ。今更大したことじゃない」
青木は笑ってそう微笑みかけたが、口角の上がり方が不自然なのは誰の目にも明らかであろうほどだった。
*
「俺?」
自分を指差して小声で尋ねる檜原に、佐川がスマホを耳に当てたまま頷く。
放課後、教室の掃除当番を終えた檜原は、廊下で壁に背中を預けたまま電話をしていた佐川から手招きされていた。
檜原が怪訝そうな顔をしながら近づいてきたのを見て、佐川はスピーカー通話に切り替えスマホを耳から離す。
「もう一度聞くが、俊也と克治が持ってった書類はあいつらの分じゃなくて一年を立候補させる為の分だったんだな」
「うん、そうだよ。俊也は出ないって言ってるし克治は俺の推薦者だし」
佐川の問いかけと、それに対する電話口の応答を聞き、檜原は状況をあらかた理解した。
「一年ってったって誰を立候補させる気だったんだ」
「んー、まだ決まってない」
「じゃあお前らはまだ見ぬ一年の為に書類だけ持ってったのか!? 何考えてんだ!」
「いや、何って……」
「もういい。切るわ」
佐川はそう言って返事も待たずに画面の赤丸を押した。
「さっき俊也と克治が封筒持ってったって言ってたろ? だから電話して問い詰めてみたらこのざまだよ」
スマホから視線を上げた佐川は、檜原に向かって苦々しげに呟く。
「え、本人以外が書類受け取るってマズいよね」
「マズいだろ……一度大橋先生に言った方がいいかも」
「その方がいい」
困惑しながらも意見を一致させた二人は、小走りで職員室へと向かった。
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