対策

「放課後もあんな感じで張り付いてたの?」

「ああ。委員はもちろん書類取りに来た奴らにも圧力かける気だよ多分」

 放課後の立候補者受付も終わった遅い時間、檜原、佐川、青木の三名が空き教室で寄り集まって話し合いをしていた。


 話題は当然生徒会選挙、もっと言うと渡辺と江本に関する件だった。

「明日の昼が一年か。しかも片っぽ女子だし」

 当番表を片手に青木が唸る。


 結局、昼休みも放課後も江本は受付の前にほぼ常時張り付き、事あるごとに喧嘩を吹っかけるような言動を繰り返していた。


 今日の受付の担当は、昼休みは青木と佐川の二人で、放課後もそれなりに肝の据わった二年の男子二人だった為良かったものの、一年生、特に女子にとっては、見るからにスポーツ経験のあるそれなりの背丈の男の上級生が喧嘩を売ってくるなど恐怖以外の何者でもないだろう。


「で、どうする? 先生に言っても説教が終わり次第戻ってくるぞ」

「渡辺の立候補取り消したりとか出来ないの?」

「現状無理だね。ちょっかいかけに来てんのはあくまで江本であって渡辺じゃない。江本が推薦者やるってんなら話は別だが、どうもその気もなさそうだ」

 佐川の質問をバッサリと切って捨てる青木。一同思わず頭を抱えて唸り込む。


「こうなったらしょうがない。一年に代わって俺らでやるぞ」

「わかった」

「それしかないわな」

 檜原の提案の他に案らしい案も浮かばず、青木と佐川も賛同する。


「で、それはいいとして神永の方はどうなった」

「ダメだな。煮え切らない答えしか返ってこない。どうも一年やって燃え尽きたらしい。あれは諦めた方がいいかも」

 佐川の問いに、神永の説得に当たっていた青木が首を振る。


「こりゃ信任投票になりかねんぞ。信任になれば問題のある人間でも他学年の票で通っちまうってのは現会長が証明したとおりだ」

 佐川が歯ぎしりしながらぼやく。

「矢野会長の方がやる気があるだけまだマシだろ。思慮の欠如ではどっこいどっこいだけど」


 監査委員達は、この状況に嫌な既視感を感じつつあった。

 昨年度の役員選挙で会長に一人立候補し、信任投票で当選した現生徒会長矢野秋穂やのあきほ。人格面においてはさしたる問題点はなかったのだが、あがり症という生徒会長として致命的すぎる欠点があった。


 選挙の演説においては時折言葉に詰まる程度だったのだが、会長の重圧故かどんどん悪化していき、文化祭の開会式で台詞が飛んで泣き出し、生徒総会の質疑応答においては事もあろうに卒倒し体育館を騒然とさせた。

 駆けつけた副会長と養護教諭に担がれて退場する会長を見て生徒達は激しく後悔したが後の祭りだった。


「二代続けて校外に出せない会長なんて笑い話にもならない」

 青木のその言葉は切実なものだった。


「神永は置いといて他の二年の役員は?」

「赤塚と近藤か。でもどっちも会長って感じじゃねえだろ」

「もうこの際最善でなくてもいい。最悪さえ避けられればそれでいい位のスタンスじゃなきゃ」

 書記と会計の顔を思い浮かべながら渋い顔をする委員長を、佐川はそう諭す。


 確かに、温和さが取り柄の書記の赤塚七海あかつかななみや、自己主張することが少ない会計の近藤弘樹こんどうひろきにリーダーシップ等を期待するのはお門違いだろう。だが四の五の言っていられないのも事実なのだ。


「まあいい、ここで俺達がどうこう言っても出るか出ないかは当人の判断だからどうしようもない。時間も遅いしそろそろ帰った方がいい」

「あ、最後に一つだけ」

 荷物を持って立ち上がった檜原を制して、青木は佐川に目をやる。


「佐川、野球部の動向を見張ってくれないか。あの病原菌みてえな奴の事だ、野球部に動員をかけるに違いない。何か分かったら知らせてくれ。俺はもう一度神永を説得、と言うより扇動してくる」

「わかった。やってみる」

 佐川は不本意そうではあったが、そう言って頷く。


「対抗馬の扇動と野球部の監視が選挙管理に含まれるとは知らなかったな」

 二人の様子を見て、檜原は思わずそう呟いた。

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