ep.02 大魔導師クローネ

 大魔導師クローネが佐藤と桜庭の前に現れたのは昼休みのことだった。

 大魔導師クローネ。神代を生きた者であれば――胸の内にどのような感情を巡らせていても――彼女を賞賛をするだろう。

 曰く、魔族最大の仇敵。

 曰く、尊き神秘の凌辱者。

 曰く、世界を押し広げた始まりの者。

 あまりにも多くの名で呼ばれるほどに、彼の者は歴史に大きな影響を残している。

 大魔導師クローネが為した、その偉業。それは魔術という超常を誰にでも扱えるありふれた技術へ転換させたことである。

 クローネ以前、魔術は特別な種族や特殊な才能を持った人物が使用可能な技術であった。 万能性を誇る魔術は神秘に基づく世界の深奥に触れる行為であり、人が至ることの出来る最も高い領域の力であると考えられてきた。

 クローネはその魔術の特別性を剥奪した。神秘という曖昧を解析し、超常という無知のレッテルを噛み砕き、クローネが魔術と向き合い続けたことで生み出した史上初めての魔術体系『魔術原論』。魔術という不可解な力の原理を導き出すことで生み出された基礎理論とその技術体系は、種族特性や個人の資質に依っていた魔術の部分を技術として昇華させた。こうして魔術という技術は神秘でも超常でもなくなり、人の手に収まるありふれた技術となったのである。

 よって人々はクローネのことを畏敬の念を込めて、あるいは辛酸をなめるような気持ちでこう呼んだ。

 大魔導師、と。

 とどのつまり、魔術史で一番の転換点であり、魔術を語る上では切っても切り離せない凄い人物というわけだ。

 そう凄い人物、そのはず、……だ。


「というわけで、儂が来たからには安心するんじゃぞ☆(きらっ)」


 なんというか、なんというかさぁって感じであった。

 大魔導師クローネ、その転生体。先ほど宍道に見せられた写真の通りの人物が桜庭と佐藤の視線の先にいた。

 黄緑の長髪に澄んだ碧眼。そして大きな魔女帽子に裾が地面につきそうなくらい大きな魔女のローブを身に纏うなんて古典的な女魔術師の風体をなしている。これで年老いた、とはいかないまでも大人びた姿であれば様になったのだろうが、しかしその体躯は2年生の先輩にしてはあまりにも小さく、華奢で、幼い。中学生と言われれば信じてしまうくらいだ。身長は150㎝もなく、顔はあまりにも童顔。おまけに先ほどのあまりにも軽い放言だ。精神が成熟している人格持ちの転生者としてはあまりにも子供っぽすぎる。

 佐藤と桜庭は密かに目配せ合う。


((…………大丈夫かな?))


 昼休みのチャイムが学園内に鳴り響いた時、教室の引き戸をぶち壊して――そして教室に入ると同時に直して――室内で突風を吹き荒しながら、その超越者はやってきた。

 それから開口一番に放ったのがついさっきの言葉だ。

 いや、その言葉だけだったら佐藤も、桜庭も不信感を抱かなかっただろう。問題なのは言った時のポーズだ。右手を腰に当て、左手で作ったピースの間から左目が覗くように当てる。やたらアイドルちっくな姿勢を教壇の上でとって言ったのだ。

 いや、もう、何? 何て言えば良いのだろう。そう、なんか違う。

 だって大魔道師クローネだぞ? あの魔術という技術の始まりの人間だぞ? 普通はあるべきだろう、威厳という奴が!!

 神話オタクの佐藤もこれには肩を落としっぱなしだ。魔王の転生者は癖が強いと言っていたが、予想以上に癖が強い。胃もたれしそうだ。

 そんなげんなりする2人の様子なぞ気にもかけずに、クローネは2人の席の前までやってくるとノリノリで告げる。


「なになに? 儂みたいな超超超超有名人と会えて恐縮しちゃってる感じ? いや~そんな緊張しなくても大丈夫じゃって。ほら、気安さ満点じゃろ?」

(気安さ満点というか……)

(気安すぎるんだよね……)


 佐藤と桜庭は2人して人格持ちのクラスメイトに目線を送る。

 彼ら彼女らは2人の視線から逃げるようにと目を逸らした。どうやら大魔導師クローネの在り方は転生前と転生後で変わってないらしい。そら散々な名で呼ばれるわけだ。

 とはいえ、こんなはっちゃけた人間であっても間違いなく歴史に名を残す神代の超越者。あの魔王が太鼓判を押す人間なのだから、護衛としては文句のつけようがない逸材だろう。

 逸材なのだろうがさぁ。


「「はぁ……」」

「ちょっと何じゃよ、その溜息ー。儂は大魔導師クローネじゃぞー? 今の魔術体系を形作った大天才じゃぞー??」


 不満げに口を尖らせるクローネだったが、だったらふざけた態度はやめろと2人は思う。

 しかしクローネのふざけた態度は長くは続かなかった。彼女はすぐさま思考を切り替えたようで、2人に真面目な顔で問いかけた。


「まぁ、良い。それでお主ら、放課後の予定はどうなっておるんじゃ?」


 宍道が敷いた護衛体制は原則として放課後の時間や休日を対象にしたものだ。学園内では人格持ちの転生者たちがいるし、学園に施された防護策が生徒たちを保護してくれている。わざわざ護衛を専属でつける必要はないだろう。だからあくまで人格持ちの護衛は私生活の範囲でのこと。昨日の事件の首魁が捕まるまで、人格持ちと人格持たずはやや窮屈な私生活を強いられることとなっている。

 

「えっと、私の方は特別な用事はないんですけど――」

「――僕は学園の運動場でちょっと」


 おずおずと、しかし芯のある声で佐藤は答える。

 放課後の用事。それは昨日の事件を受けて、佐藤が下した1つの決断。

 転生前の人格どころか知識や能力を持たない佐藤友志は、放課後に修行をすることに決めたのだ。

 

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