断章

密談

 午後10時14分。多くの生徒が行き交う活気のある昼間と違って、転生者学園オーネストは夜の沈黙に包まれる。部活動や自主学習のために学園に残っている生徒はおらず、教師もまた帰路についた。無灯の学園は怪談話もかくやと言った雰囲気で、亡霊の1体や2体は出てきてもおかしくない気色だった。

 そんな学園で煌々と灯りをつけている教室がある。

 其処は1つの巨大なモニターを中心としていくつかの小さなモニターがずらりと並んだ部屋だった。

 其処は数十単位のコンピュータと世界最高のスーパーコンピュータが立ち並ぶ、世界で最も優れた情報処理施設を持つ部屋だった。

 其処は最古から最新の魔術理論を用いることで、例え宇宙が崩壊しても残存できる史上で最も強固な結界と化した部屋だった。

 その場所の名は。生徒自治の最高機関のために割り当てられた部屋である。

 深夜に一歩踏み込みかけた時間の生徒会室には3人の人物がいた。

 生徒会会長宍道ししどうカブラ、生徒会副会長アルミナ・フォーン、そして1年3組担任神納じんのうめぐみ

 単なる生徒会の仕事のようにも見える。ただそれは、時間帯が放課後であるならば、だが。

 夜遅い労働に不機嫌な神納は、タバコを携帯灰皿を片手に吸う。口から紫煙をくゆらすと、2人に毒づいた。


「で、残業代は出るんだろうな?」

「それは僕らじゃなくて、上に聞いてください……あとここ禁煙です」

「ま、その上が遅れてるんだけどねー」


 宍道は辟易とし、フォーンは欠伸交じりに言葉を返す。

 彼らは今日こんにちの密談を開くにあたって、最後の1人を待っていた。

 そして宍道の注意を無視して、神納が吸い続けたタバコがもうすぐで終わる頃。一番大きなモニターがとある人物を映し出す。


「遅くなって申し訳ない、各々方。先の仕事が長引いてしまった」


 映って早々に謝罪を口にしたのは、先端が鋭い長い耳を持つ初老の男性だ。

 彼の名は世界統一政府代表兼転生者学園オーネスト学長オーテマ=ブラウラフ。世界最後の純粋なエルフ族である。


「遅いですよ、学園長。残業代はきっちりでるんでしょうね」

「もちろん、法に従い満額支払うとも。イレギュラーとはいえ、この会合も業務の一環なのだから。しかし、神納先生。確か学園内は喫煙禁止だったはずだが?」


 オーテマに鋭く睨まれた神納はと携帯灰皿にタバコを突っ込む。掌のかえしように宍道は湿った瞳で彼を睨むが、不良教師は全く気にしねーのだった。

 ぶれない態度の神納に宍道とオーテマは呆れの溜息を吐く。全く気にしないフォーンはマイペースに会合を進める。


「そんなことよりも、ほ・ん・だ・い。早く終わらせようよ。わたし、明日提出の宿題が沢山あって、大変なんだから」

「本当か? 宍道?」

「いえ、アルミナさんの場合は本来出すべき宿題を全然出さなくて、溜まってるだけです」

「おいこら」

「うわーん! 私は勉強するために転生してきたんじゃなーい!! なんで転生前に嫌いだった勉強を転生してきたからもしなくちゃいけないのさーっ」


 時代性に泣き出す元勇者。泣きついてきた彼女を元魔王は受け止める。転生前にどれほど名を上げようとも、学生を苦しめる平凡な苦悩は抱えるようだった。

 茶番を始めた転生組に、大人2人は粛々と話を進める。


「して、件の記憶のない転生者が入学したようだが――担任の神納先生は彼をどう見る?」

「特段、変わったところはみられないですね。ほんの少し気弱な何処にでもいるような高校生です。とはいえ、初日なんでほぼほぼ第一印象でしかないっすけど」


 神納は困った様子で頭を掻いた。対するオーテマは渋面のまま、


「未だ牙を出す段階にあらず、か」

「だからこそ、先手を打つ必要があるってことでのこの会合でしょう? 俺はあんまりノリ気じゃねーんですが」


 上司の前にも関わらず、神納は溜息を隠さず吐いた。けれども仕事は仕事、そういう割り切りは彼の中にある。だからこそ、厳しい口調でこう言うのだ。


「おい、いちゃついてる学生共、さっさとこっちに戻ってこい。元はと言えば、お前らが持ち込んだネタじゃねーか」

「「はーい」」


 いつのまにか指を絡ませ、抱き合っていた宍道(元魔王)とフォーン(元勇者)。2人の世界に浸っていた彼らは教師の指導で会合の本筋に戻ってくる。


「とはいえ、することって何かある? 現代技術と私たちの力量なら、例え脅威でも『ババババーンッ』で『ズキュキュキューン』で終わらせられそうだけど」

「そう簡単にはいかないよ。僕らの時代よりずっと技術は進歩した。魔術も、科学も。広がりは多様で、世界の微細な変化を観測する世界力学なんて学問も生まれたほどだ。でも、それを脅威は容易に乗り越える。打てる手は打たないと」


 宍道は重たい口調でそう言った。かつてを知るフォーンとオーテマは面持ちを硬くする。

 それが、その脅威こそが彼ら彼女らが転生してきた理由なのだから。

 揃えて深刻な超越者たちに、この場でただ一人、真実を知らない神納は呻く。


「そんなにやばいのか。お前らの言う脅威ってのは」

「少なくとも不完全体相手に当時の実力者たちの3分の1が殺されるくらいには」


 思わず神納は息を呑んだ。転生者学園オーネスト。転生してきた当時の実力者たちと最前線で接している彼だからこそ、正しく理解できた言葉だった。

 当時の実力者たちの3分の1の戦力とは、すなわち地球に存在する8つの大陸の内、3つの大陸を海に沈めてしまうほどの戦力だ。

 

「僕たちの言う脅威とは、『世界の敵』そのもの。それはかつて隕石という形で、宙からやってきた」

「アールマに飛来したエグニヌカ隕石。あれって表の歴史に刻まれてたっけ?」

「抹消して、記録は一切残しておらぬ。超越者たちの一斉転生時、そういう決まりになっていたはずだが」

「忘れてた☆」

「「この人族最高戦力勇者は……っ」」

「あたーーっ!」


 宍道にフォーンは頭を叩かれて、その場で蹲る。結構イイ音がした叩きだった。たんこぶくらいは出来ているかもしれない。

 緊張感のない超越者たちに神納は呆れた様子で苦言を呈する。


「大丈夫なのか、そんな調子で。お前たちが一番脅威を肌で理解しているだろうに」 

「大丈夫です。だからこその、この会合。僕らは僕らの世界を守るために手を抜くことなんてしない」

 

 この場にいない誰かへ銃口を突きつけるように、あるいはかつてを思い出させるような声色で、宍道カブラは呟く。


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